第21話

 九月の初めに起きた「令和日本のアルビノ狩り」は世界で注目を集める一方で、国内では「自称ドワーフによるエルフ殺人」として注目された。

 オタクはやはり危険な犯罪者予備軍であるという風潮が高まり、その認識は八十年代後半にオタク男性が北関東で連続女児誘拐殺人事件を起こした頃のように地に落ちた。

 小島夜子・昼子姉妹とは殺されたアルビノの女性の葬儀で知り合い、僕はふたりの妹の雪さんとも面識があったことから、彼女たちとは現場が一緒になる度に、近くのファミレスなどで食事をするようになっていた。

 ちなみに三人の名前は、夜子さんは真夜中に生まれたからであり、昼子さんは昼に生まれたから、雪さんが生まれたときには雪が降り始めていたかららしい。雪子にしなかった理由は、命名したご両親にもわからないそうだ。


 九月中旬、その日は僕と夜子さんは同じ通夜に参列した。

「嘲ル者」の依頼人たちの依頼理由は様々だが、元上司から過去に受けたセクハラやパワハラによる肉体的・精神的苦痛を忘れることができず、その死を侮辱することで当時の屈辱を晴らしたいという人達が大半を占める。


 僕たちの世代は、ハラスメントを受けたらすぐに人事に訴えるか裁判を考えるか仕事をやめるかという選択肢を考えることができる。

 だが、ハラスメントをする側が職を失ったり降格処分や左遷されることがまだなかった時代は、される側が堪え忍び泣き寝入りするしかなかった。

 そういう人たちは今日に至るまで当時の屈辱を抱えて生きているのだ。


 その日の依頼人は比較的レアケースと言えるだろう。

 依頼人と亡くなった女性は幼稚園から四十年来の付き合いで大親友だった。親友の死を笑って欲しい人がいるのだ。


 ふたりは短大を卒業するまでずっと同じ学校に通い、就職や結婚を経ても友人関係は続いていた。

 しかし、依頼人にはなかなか子どもが出来ず、不妊治療を続ける中、亡くなった女性は結婚してすぐに子どもが出来た。

 天からの授かり物だから仕方のないことだと依頼人も最初こそ考えていたが、子どもの写真が印刷された年賀状が毎年送られてくるようになり、数年おきに写真に写る子どもが増えていくのを見せられるうちに、それを自分に対する嫌味だと受け取るようになったのだという。

 年々黒く年々大きくなっていく負の感情を、決して表に出さないようにして生きてきた依頼人は、親友の死というターニングポイントでさえその感情を自分で吐き出すことが出来ず、彼女に出来る唯一の手段が「嘲ル者」という代理人を用意することだった。


「悲しい現場でしたね」


 ファミレスでメニューを見ながら夜子さんは言った。


「結局、セクハラやパワハラと同じで、相手の気持ちを考えられないまま大人になってしまった人が、死んだ後に笑われることになるんですね」


「あとは、自分より上の立場の人間にされて嫌だったことを、いざ自分が上に立ったときに下の人間にしてしまう人もだね」


 そうやって仕事の愚痴を話すのが、僕たちの仕事終わりの恒例行事になっていた。

 そんな僕たちの前に、


「俺は知事だぞ」


 という当時流行っていたパワーワードと共に「斎藤さんだぞ」のポーズを取る昼子さんが現れた。

 彼女は同じ市内の別の葬儀場の通夜に参列しており、仕事を終えて僕たちに合流したのだ。

 この時期は、とある県知事のパワハラ問題が連日報道されていたため、昼子さんは僕に会うたびに、そのポーズにそのパワーワードを乗せるのをやたら見せつけてきたのが印象的だった。

 思い付いてSNSには書き込めてもなかなか人前では披露できないことを、堂々とやってのける彼女の度胸は凄いと思った。

 昼子さんはたまに「斎藤さんだぞ」と言い間違え、普通の斎藤さんになってしまい、顔を真っ赤にするのが可愛かった。

 トレンディエンジェルかジャングルポケットか、どっちの斎藤さんの持ちネタだったかで夜子さんと喧嘩を始めたときは心の底から笑ってしまった。


 ふたりは暇さえあれば家で雪さんと三人でサブスクの映画やアニメを観ているらしく、確かその日は配信が開始されたばかりの「トークサバイバー」のシーズン3について熱く語っていた。他にも「七夕の国」や「地面師たち」、「ターミネーター」の舞台を日本に移したアニメ「ターミネーターゼロ」などが話題に上がった。

 ターミネーターについてはヤスケや鬼武者に続いてネットフリックスのアニメがまたやらかした、というのが僕たちの共通の意見だった。

 ネトフリなのに紙芝居じゃなかっただけまだマシ、と言ったのは多分夜子さんだったと思う。

 ちなみに僕はネトフリのアニメではパワードスーツを着る「ULTRAMAN」が好きだった。

「テッド ザ・シリーズ」をやたら僕に勧めてきたのは多分昼子さんで、その場にはいなかったが、雪さんのおすすめは「あの花」だと聞いた。

 また随分と前の作品を出してくるなぁと思ったら、僕が知る「あの花」とは違う「あの花」で驚かされたりもした。

 翌日僕も観てみたが、その「あの花」も大変素晴らしい作品だった。地下鉄に揺られながらスマホでそれを観た僕は、ボロボロと涙や嗚咽を漏らし、僕の周りからは人が消えていった。


 たまたま三人が共通して好きだった脚本家がネットフリックスと専属契約を結んだ最初の作品がイマイチだったことについては、とりあえず次に期待しようという話になったり、スペックサーガの最終章が何年も続きが作られていないことについてはもう諦めようという話にもなった。


 夜子さんは少食だったが、昼子さんはすごくよく食べる子だった。それなのにふたりの体型がほとんど変わらないのは不思議だった。

 夜子さんが残した分まで、ジブリ映画かサイヤ人かと思うほど美味しそうに食べるのを見ていると、見ているこちらまで幸せな気持ちにさせられた。

 家では雪さんやご両親が残した分まで平らげているらしい。


 僕は時折ふたりが話題に出す雪さんのことがあれからずっと気になっていた。

 僕が指導係を務めることになった彼女の現場初日は本当に酷い現場だったからだ。あの現場は心が病んでしまってもおかしくなかった。

 だが、同じ現場にいて何も出来なかった僕が、彼女が元気にしてるか訊ねてもいいものかどうか迷っていた。

 ドリンクバーのおかわりをしようと席を立ったとき、夜子さんが「私も」とついてきて、


「雪は元気にしてますよ」


 まるで僕の心を読んだかのように、教えてくれたときはほっとした。

 だけど僕は、雪さんの心や体を心配しているわけではなかった。


 せっかく一卵性の三つ子という珍しい食材があるというのに、そのうちの二つしか料理に使わないなんてもったいないと思っていたのだ。


 並んだ彼女たちを眺めながら食事や会話を楽しみ、彼女たちをどう調理すれば素晴らしい料理になるかを考えるのは楽しかった。

 妹や加藤さんと違い、彼女たちを事故死に見せかけるのはつまらない。三人の死体が変形・合体して完成するような、アニメのロボットのような作品を僕は彼女たちで作りたかった。そのために日曜の朝に放送されているロボットアニメの合体シーンを繰り返し観たりしていた。



 問題は雪さんをどうやって僕の前に引っ張り出させるかだった。

 極度の男性恐怖症である彼女は、指導係である僕に話しかけられただけで小動物のように逃げ回り、柱の陰に隠れてしまうような女の子だ。

 雪さんを僕がひとりでどこかに呼び出すのは不可能だ。

 夜子さんと昼子さんのどちらかか、あるいは両方に彼女を連れてこさせても、逃げ回られるのが目に見えている。


 どちらかを僕の味方につける他ないだろう。

 佐野弘幸ではなく、夏目弘幸としての僕のために動いてくれる味方だ。

 雪さんに睡眠薬を飲ませ、眠った状態の彼女を僕のところまで運んできてもらう。

 そのあとでもうひとりの方を電話でおびきだしてもらう。

 そして、最期には僕の作品の一部になってもらう。

 それが一番利にかなっていた。


 味方にするならどちらがいいだろうか。夜子さんだろうか。あるいは昼子さんか。


 昼子さんはその名の通り明るく元気で裏表もなく、天真爛漫といった女の子だが、無邪気な子どものような人で何を考えているか、何をしでかすかが全くわからないことがたまにある。

 夜子さんは暗いわけではないが昼子さんに比べれば大人しい性格で、言動や考え方が大人っぽく理知的だ。ときどき辛辣な意見を言ったりもするが、理知的であるがゆえに昼子さんよりははるかに考えていることがわかりやすい。


 どちらを僕の味方につけるか。もっと踏み込んだ表現をするなら、僕に恋心を抱き、協力者となりえる可能性があるとしたら。

 それは昼子さんではなく夜子さんだろう。


 夜子さんと僕はとても趣味が合った。映画やドラマ、小説、漫画やアニメまで、好きな作品が同じだった。彼女がそう思い込むように、僕との間に運命を感じるように僕は話を合わせていた。


「一度、昼子さん抜きで映画でも観に行きませんか?」


 一週間前、僕はすでに夜子さんを映画のレイトショーに誘っていた。

 別の夜には一夜を共にしてもいた。彼女にとって、僕ははじめての男だった。

 それ以降、昼子さんがいる場でも、僕がドリンクバーのために席を立てば必ずといってもいいほど、夜子さんは僕についてくるようになっていた。テーブルの下でこっそり手を繋いでくることもあった。


 夜子さんは雪さんの情報を僕に簡単に提供してくれた。


「夜子ちゃん、雪さんは今はお仕事は?」


 僕は夜子さんをちゃん付けで呼ぶようになっていた。もちろんふたりきりのときだけだ。彼女もまた昼子さんの前では僕を佐野さんと呼ぶが、それ以外では弘幸さんと呼ぶようになっていた。


「あの子は家でずっとゲームばかりしてるの。プロになって賞金を稼ぐとか、どこかの企業にスポンサーについてもらうとか言ってるんだけど……」


「もしかして、あんまり上手じゃない?」


「うん、エンジョイ勢っていうのかな?どのゲームもイージーモードしかできなくて。それでもクリアできないときは改造コードを使ったりとか」


「それ、すぐに垢BANされちゃうんじゃないの?」


「あ、あの子、ロールプレイングゲームしかやらないから……」


「オフラインなら垢BANはないか。でも、ロールプレイングゲームで大会なんて、リアルタイムアタックとか縛りプレイくらいしかないんじゃない?」


「そうなの。そもそも出られる大会がなかったの。そしたら、じゃあ今度はゲーム実況するって言い出したりして、高い機材を買ったみたいなんだけど使い方もよくわからないみたいで」


 どうやら雪さんは、想像以上に残念な妹らしかった。


「弘幸さんはそういう機材とか詳しいですか?」


「あんまり詳しくはないけど、たぶんちゃんと実況できるように設定くらいはできると思うよ」


 説明書を読んだり、インターネットで調べたりしながらなら。


「じゃあ、今度、両親や昼子がいない日にうちに来て? 機材を繋いでもらってる間は、雪は外出させるかリビングかどこかで待たせるから」


 夜子さんを使い、雪さんを家から連れ出させるのはどうやら簡単にいきそうだった。


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