第7話 生
光が目に入ってくる。
明るい……。
違和感を感じる。
冷たく硬い床ではなく柔らかい羽毛の上にいるかのような感覚だ。
ああ、そうか死んだから、あの世的なところにいるのかな。
だがそれにしてはおかしい。
左目は光を通さないし、全身も死ぬ前と変わらず痛みで軋んでいる。
「すぅ……すぅ……」
近くで寝息のような音が聞こえる。
それも何度か聞いたことがあるような規則正しい寝息だ。
何かおかしいなと気づき、目を開く。
見慣れない天井だ。
痛みを無視して上体を起こす。
あたりをキョロキョロと見てみる。
「すぅ……すぅ……」
寝息の持ち主は想像通り少年だった。
少年の耳には丁寧に真っ白で清潔な包帯が巻かれている。
耳だけではなく、男たちに殴られ蹴られたりしてできていた傷も治療されているようだ。
ボクは自分の左目の近くを触ってみる。
包帯……?
左目だけではなく、腕や足、体の至る所が包帯だらけだ。
窓から薄いレースカーテンを通り越して暖かい太陽の光が入っている。
……眩しい。
カーテンがなびき、心地よい暖かさの風が入ってくる。
「生き、てる……?」
手を開いては閉じてみる。
「生きてる……生きてる…………」
「すぅ……すぅ……すぅ……」
ボクは生きている。
少年も生きている。
二人とも生きている。
「うううああぁ……」
涙が止まらない。
左目の丁寧に巻かれた包帯が涙で滲む。
「なななななに!?」
バンッと勢いよく扉が開く。
ボクは驚いて、思わず後退りしてしまう。
扉にいたのは知らない男の人だ。
「良かった〜!!」
その人はボクを見て目にたくさんの涙を浮かべて飛び上がった。
「ねぇ君!意識はある!?これ!これ何本に見える!?」
飛び上がったあと、急接近して手をボクの目の前にかざす。
「に、二本……」
あまりの勢いに流されて答える。
「うんうん!大丈夫だね!あ、ちょっと待っててね!今から呼んでくるからね!」
びゅんっと勢いよく部屋を飛び出していく。
な、なにあの人……?
今まで会ってきた人間よりはいい人のように感じる。
殴ったりしてこなかったし、それにこの包帯とかベッド……。
「すぅ……すぅ……」
ダメダメ!ボクがしっかりしないと!
寝ている少年を見て気合いを入れる。
ボクたちを治療して、健康になった時に臓器をとったりされるかもしれない。
元気になったボクたちを追いかけわまして、生きたまま食べたりする人かもしれない。
油断したらダメ……生き残るんだ、絶対に。
足音が聞こえてくる。
複数の足音だ。
足音にいい思い出はない。
殴られたり、過酷な環境で労働させられたりする前は必ず足音が響いていた。
……。
足音はどんどん部屋へと近づいてきている。
心臓がうるさい……。
ドクンドクンと鼓動が早いのがわかる。
ここで失敗したら死ぬかもしれない。
頑張らないと。
「目を覚ましたのね!」
部屋に入ってきたのはさっきの人と……。
「あっ……」
船から逃げ出して、海岸にいた時に見た人たちだ。
おばあさんはボクに近づいて、ベッドに腰掛けて、ボクの手を握る。
「ああ!良かったわ!ちゃんと手が暖かいわ!」
ど、どういうこと……?
てっきり罵声を浴びせられたり、良くて何か労働させられるだろうとばかり考えていた。
だからか、何が起きているのかよくわからない。
おばあさんはボクの手をさすり涙を流している。
するといつの間に近づいてきたのか、おじいさんがおばあさんとは反対のベッドに腰掛けて、ボクの反対の手を握っていた。
「本当だ、暖かい……あんなに冷たかったのに、よくここまで……」
おじいさんは泣いてはいないが少し目が潤んで赤くなっている。
な、に?何が、おきている……の?
「ほらほら二人とも!驚いて声が出ないみたいですよ!」
男の人が後ろから陽気に声を出す。
おばあさんはハッとして懐からハンカチを出して涙を拭う。
「……あら、ごめんなさいね、嬉しくて……つい、ね」
「いかんのう、歳のせいかすぐ感情的に動いてしまうなぁ」
おじいさんがパッと手を離す。
「あ、あの……」
ボクが口を開いたのがよほど嬉しいのか三人は目を輝かせて、微笑む。
「そうね、ええ、そうね……まずはどこから話しましょうか」
「ばあさんや、その前に食事じゃないか?きっとお腹が減っているに違いない!」
「ええ!ええ!そうね!…いえ、でも先にお風呂じゃないかしら?」
「いや、風呂はいかんじゃろう、傷にしみるじゃろう!」
「いえ何を言っているの?暖かいお湯にゆっくりと浸かって体をいたわるべきよ!」
ボクを無視して言い合いが始まる。
でも、この人たち、ボクのこと考えて言ってくれているよね?
想像していない展開でどうするべきかわからず戸惑っていると二人の様子を見ていた、男の人が口を開いた。
「あ〜、もう!ロイストン様もバスティニーニ様もいい加減にしてください!病人の前で大声出さないでください!」
その一言が効いたのか、ピタッと言い合いは止まった。
バスティニーニと呼ばれたおばあさんは、ボクの方を見て申し訳なさそうに微笑む。
「……うるさくしてごめんなさいね、あなたはどうしたいかしら?」
ロイストンと呼ばれたおじいさんもおばあさんと似た表情でボクの答えを待っているようだ。
「あ、あの……えっと」
うんうん、とゆっくりでいいよ、と三人は待ってくれている。
「こ、この子は大丈夫……ですか?」
ボクは少年を指差して問う。
三人はきょとんとしている。
もしかして、何かやらかした……?
焦りを感じる。
ど、どうしよう。
おばあさんがボクの手をさすり、口を開く。
「大丈夫よ、心配しないで。そうよね、まだ私たちが怖いわよね」
「え……?」
何でバレて……。
顔には出していないはずだ。
「ゆっくりでいいのよ、ええ、ええ、怖がらないでいいのよ」
「ばあさんや、怖がっている子の手を握っていては余計に怖いじゃろうにて」
「そ、そうね!ごめんなさいね……」
おばあさんはパッと手を離す。
「俺話してもいいですかね?」
それまで黙っていた男の人が口開く。
「ええ、ええ、もちろんよ」
「その寝てる子は、君より弱ってはいたけど今は安定してる。うん、大丈夫、心配いらないってこと」
ボクはほっと胸を撫で下ろした。
「……だからって、訳ではないのだけど……今は目を覚ましたあなたに何かしてあげたいの」
「……わかり、ました……そのとりあえずはです、けど……」
「何を話すにもまずは食事と風呂を済ませてからにしてもらが、いいかのう?」
「……はい」
ボクは頷いてベッドから起きあがろうとする。
床に足をつけると体に力が入らないことに気がつき転んでしまーーーわなかった。
おばあさんがボクのことを軽々しく片手で抱えていた。
「行けないわ、あなた一週間も眠っていたのよ、そんなにすぐに動けないわ」
「あ、え?ボク一週間も寝てたんですか?」
「そうじゃよ、まずはリハビリからじゃの」
「そうなるとやっぱりお風呂からね」
「さ、バスティニーニ様、俺が連れて行きます」
「ええ、お願いするわ。じいさん、私たちは料理して待っていましょう」
「そうじゃな、では行こうか」
「よい……しょっと!」
男の人はボクを背追って歩き出す。
「あっ……」
「どうかした?」
立ち止まり、ボクに確認している。
「い、いえ何でもないです」
「そう?うん、行くよ」
この世界に来て数ヶ月の間、少年と離れるのは初めてだ。
……。
何だろうか、形容しきれない自分ではよくわからない感情が胸に湧き上がる。
「…………」
ボクは男の人に連れて行かれながら、見えなくなるまで少年のことを見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます