第5話 見ざる言わざる聞かざる

痛い……!!


突然だった。


急に響く腹の痛みで目が覚める。


覚めたと同時に宙に浮いていることに気づく。




「あっ……」




全身を地面に打ち付ける。




「いっ!!」




久しぶりの痛みに耐えながら、必死に痛みの元凶を探す。


目の前に知らない男が立っている。


殺気といえばいいのだろうか、全身が恐怖で包まれる。




ハッと少年のことを思い出す。


すでに起きているようで、状況に気がついているようだ。


幸い、男から少年は少し遠い位置にいる。




「逃げて!!」




少年は言葉の意味がわかっていないのか戸惑っているようで、その場から動かない。




「ぐぅ……!」




男がボクの腹を踏んで逃げられないようにしてきた。




「発言の許可は出していない」




そんなこと知るかっ!!




「走って、こことは違うところまで行って!」




少年は言葉の意味がわかったようで、木から飛び降りて男に背を向けて走り出す。


それでいいんだ、あの子だけでも逃さないと……!




「許可は出していないと言ったんだがな」




その言葉を境目にボクは感じたことのない激痛が走った。




「あああああああ!!!」




痛い痛い痛い痛い痛い!!!!


左目が痛い。


痛いなんてものではない。


この痛みに比べたら殴る蹴るなど痛みのうちに入らない。




「うるせえな、あいつらちゃんと躾けろって言ったんだがな」


「あああ……ああぁ!!」




燃えているかのように目が痛い、熱い。


目を何か鋭いもので刺されたようだ。




「お?ガキが止まったな、ちょうどいい」


「ううぅぅぅ……!!」




少年の悲鳴が耳に劈くように入ってくる。


うずくまってる?


血で霞む右目でみると少年はうずくまって動けなくなっている。




「何、心配いらねえよ、片耳削っただけだ、今からもう一つの耳も削ってやるがな」


「や、やめて!!」




男の足を掴んで必死に頼み込む。




「ガキの心配よりてめえの心配でもしてろ」


「やめて!!!」


「頼み方ってもんがあるだろ?」


「や、やめてください!!!」


「涙と血で汚ねえな!まあ、いいだろう及第点だ」


「ああああああああああああ!!!!!」




男はそう言ってボクの目に刺さっている何かを引っこ抜いた。




「ガキってほんと、うるせえな」


「副船長!こっちのガキはどうします?」


「ああ、一応売り物だ、俺が落とした耳はその辺に捨てとけ」


「うううぅぅ!!」




またも少年の悲鳴が響く。




「副船長!まだくっついてたんで落としときやした」


「そうか、落とせたと思ったんだがな、綺麗に落としたか?」


「はい、もちろんですぜ」




男たちの下卑た笑い声がボクと少年の悲鳴をも消してしまう。




「よかったなあ、お望み通り助けてやったぜ」








男のその言葉を最後にボクの意識は途切れた。


次に目が覚めた時には見知らぬ檻の中にいた。


左目が頭がおかしくなりそうなくらい痛い。




多分もうないんだろうな……。


右手が何かに掴まれている。


片目となり距離感が測れないまま、薄暗い檻の中をみる。




「……っ」




ぐったりと横たわる少年。


どうやら眠っているようだ。


右手は少年の左手と手を繋いでいたようだ。


少年の右耳は赤黒く変色している。




あいつら……ボクだけじゃなくてこの子にも……。


副船長と呼ばれていたやつに見覚えはない。


ボクたちが逃げたことで責任が生じ、出ざるを得なかったのだろう。




「いっ……」




じんじんと波打つように目が痛くて熱い。


男たちはボクたちを売り物と呼んでいた。


だがその割には治療もしていないし、相変わらず不衛生なところに押し付けている。


売り物だからまだ殺していないってこと……?




血が足りていないのか頭が回らない。


ジャラと重そうな鎖の音がする。


前よりも大きくて重たい足枷と首輪がつけられており、壁に埋め込まれている。




これ……前とは違って逃げ出せない。


仮に枷が壁に繋がれてなくともこの傷で逃げ出したところで先が見えている。


もう考えるのはやめよう。




よく頑張った方ではないだろうか。


いきなり見知らぬところに追いやられ、食事とは呼べない物体を食べさせられ、理不尽に暴力を振るわれ、その上睡眠はほぼなしで労働。


頑張ったよ、ボクたち。




「ぁ……う、ぁぁ」




横にいる少年の息が上がってきている。


少年はボクよりも早く、天から迎えがきてしまうのだろう。




「頑張ったよねぇ……ボクたち…………」




血で固くなった少年の髪をすくい、頭を撫でる。


君には救われたなぁ。


きっと一人であったなら、少年がいなければ、ボクはとっくに壊れていただろう。




何だかもう、痛みも感じなくなってきたな。


痛覚がお陀仏したのか、痛みを感じない。




「…………よしよし」




少年の頭を撫でている、手を繋いでいるという感覚は残っていた。


いや、残っていると感じているのかもしれない。




「うぅぅ……あぁぁぁ!」




気を失っているはずの少年が大粒の涙をボロボロとこぼし出した。




「痛いの?……大丈夫だよ、もう少しで痛く無くなるよ」




頭を撫でている左手に少年の手が重なる。




「ああぁ!……うぅ!!」


「痛いね、痛いよね……よく頑張ったね」




まるで自分に聞かせるようにボクは呟く。


あ、れ?視界がぼやけて……きた?


少年の顔に何かが溢れる。




血?……涙?


左目から涙の代わりに血がでているのだろう。


いや……だ、な。




「うううぅぅ……!!」


「……このま、ま……死にたく、な……い……!!」




少年につられたのか、血は止まらず、嗚咽を漏らす。




「嫌、だ!……まだ、死にたく、ない……!!!」


「ううぅ!!」


「嫌だぁ……!!生き、たい!!」




生きたい、幸せになりたい、こんなところで死にたくない。


でも、どうすることもできない


できることはやったつもりだ


このまま死にたくない!!




そんな叫声が聞こえる


隣にいる少年はまだ諦めていないのかもしれない


諦めてしまえば楽になれるよ








そんな囁きが聞こえる


















私たちがその子たちに気がついたのは、海辺を散歩していた時のことだった。


首輪をはめ、足枷のまま着の身着のまま、子供とは思えないくらい汚らしいそんな子供だった。


服の役割を果たしていないボロ布からは絶え間ないほど、暴力を振るわれた生傷たちが見えていた。


そんな、生きていることが不思議なくらいの子供たちだった。




「じいさんや」


「ああ、そうじゃな」




私たち夫婦は子供たちを怖がらせないように気づいていないふりをする。




「出てきてはくれそうにないのう……」


「ええ……こちらに来てくれれば……」




半刻ほどたったが必死に息を潜めているまま、子供たちは出てこない。




「ばあさん、仕方ない……」


「ええ、ええ……そうね」




その日、私たちは子供たちと会うことはなくその場を離れた。

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