第4話 桃

すでに日が落ち暗くなっていた。




「森だ……」




少年は目を覚ましており、一緒に手を繋いで歩いていた。もう少し森の奥に入り、少年に声をかける。




「木登りってできる?」




少年は首を傾げている。


できるかわからないというよりも、言葉の意味がわかっていないのか。


ボクは大きな木に先に登ってみせた。




「ここまで来れる?」




少年はいとも簡単に登ってくる。


運動神経良さそう。




まるで漫画やアニメに出てきそうな世界樹のような木だ。これほど大きな木であればボクたち二人が寝ても落ちない。幹は大きな葉で真下から上を仰がないとボクたちは見えないだろう。




「今日はこの木の上で寝よう」




少年は頷く。随分と大きな木なので、寝返りをうっても落ちないだろう。




「おやすみ……」




あの船の中ではおやすみなんて言うことなかったな。




「……すぅ……すぅ」




規則正しい寝息が聞こえる。


少年はすでに眠りに落ちたようだ。




ボクも寝よう……。


船で拉致監禁されてから初めて熟睡できるような気がする。


少年に続いてボクもすぐに眠りについた。








眩しい……。


眩しさで意識を呼び戻され、目を開ける。木陰から朝日がこちらを照らしていた。蹴り上げて起こされたりすることなく起きられて、とても気持ちがいい。


いつもボクよりも早起きな少年はまだ眠っているようだ。




熟睡してるみたい。


昨晩と同じ体勢のまま少年は眠り続けている。


起きるまではゆっくりしようか。


かく言う自分もとても眠かった。




まだ治っていない傷も痛いし、寝てしまおう……。


ボクは二度寝しようと横になる。


またすぐに意識を失うと思った矢先、手に何か暖かいものが触れる。




……?


眠気を振り払って手の先をみるといつ起きたのか、少年がボクの手を握っていた。




「おはよう」




少年は挨拶がわりなのか手をぎゅっと握る。


手を握るの好きみたい。




幼さゆえか、ボクを兄弟のように感じているのだろうか。いやボクが勝手にそう思っているだけかもしれない。


こんなに可愛い弟なら歓迎。




「今日はあいつらにばれないように隠れながら、飲み物とか探そうと思ってるんだ」


「……」


「それでもいい?」




少年はボクの目を見て頷く。ボクは木を降りようと下を見る。


たっかいな。


登る時は降りる時のことを考えていなかった。ボクは幹にしがみつきながらゆっくりと降りて、地に足をつける。




「降りられそう……?」




真上に向かって声をあげる。


先に降りられそうか聞くべきだったと気がついた。


少年から返事はない。




ひゅんっと真横に何かが落ちてくる。


ん?


落ちてきたのは少年だった。


いや、落ちてきたのではない、見事な着地だ。




「怪我してない?大丈夫?」




少年はきょとんと首をかしげる。


運動神経がいいどころじゃないかもしれない。


ボクは少年と森の奥へと進んでいく。少年はボクの手をとる。


やっぱり手をつなぎたいんだ。




ボクは少年と手を繋いで水辺を探す。とりあえず川や湖を見つけたい。


海水はダメだ。


船内で一度、喉が乾きすぎて海水を飲んでしまったことがあるが、逆に水分を奪われる結果になってしまった。そんなことを考えていると少年がくいっと手を引っ張る。




うん?


少年は反対の手で指を指している。その先には何もない。




「何か見える?ボクには見えないんだけど……」




少年はずんずんと指差した方向へ進み出す。有無を言わさずボクも引っ張る少年。


とくにアテがあるわけでもないし、ついて行ってみよう。


少年に手を引かれしばらく歩いていると、視界にキラキラと光る何かが目に入ってくる。




あれは……川?


目を凝らしてよく見てみると太陽の光で輝いて見えていた川だった。




「川だ……!」




ボクは少年を引っ張って川まで走る。


綺麗な水だ。


ゆっくりとした流れで深さもそこまでなさそうだ。




「えいっ」




ボクは服を着たまま川に入る。自分の血やあいつらの糞尿などをゴシゴシと洗い落とす。


初めての水浴びだ……幸せ……。


少年は何をしたらいいのかわからないのかボクをじっと見つめている。




「おいで、綺麗になろう」




ボクは少年の元まで行き、手を伸ばす。




「……」




少し間があく。




「水、苦手?」




海に突っ込まれていた時も嫌そうだったな。




「…………」




でも、衛生的に絶対に洗ったほうがいいんだけど……。


すると手に暖かい感触がやってきた。




「……ありがとう」




右手は少年の手でうまっているので左手で少年のことを抱き抱える。




「あ……う……?」




かっる……子供ってこんなに軽いっけ……?


怖がらせないように、ゆっくりと川におろす。




「少し目、つむってね」


「……ん」




少年は頷いて目を閉じる。自分の服の裾で少年の顔を洗う。何度も何度も優しくこする。




「うん、綺麗になった!」




少年はまだ目をつむっている。


綺麗な顔してる。こうして少年の顔をまじまじと見つめるのは初めてだ。


まつ毛なっがいな……、ていうかこれ……。


キス待ち顔みたいだ。




んんんっ!子供相手にそんなこと考えたらいけないな!


一人で勝手に想像しては正気に戻っていた。そんなボクとは裏腹に少年はまだ目を瞑っている。




いや、この子、普通に性格が可愛い。船内にいた時からもそうだが、やけに素直だ。


ボクしか相手がいないからか、ボクの言うことは聞いてくれるし……。


少し少年の将来が心配になってきた。




「……くしゅっ」


「ああ、ごめん!もう目は開けていいよ、すぐに洗うね」




少年のくしゃみで我にかえる。


こんなに痩せ細ってる子に、冷たい水はよくないよね。


急いで少年の体を洗い、少年を川から近くの芝にあげる。




「嫌じゃないなら服はぬいでね」




頭もしっかり洗ったので少年はびしょ濡れだ。少年は犬のように顔を横に振って水を飛ばしている。


ボクも自分のこと洗わないとな。


少年とは違い急いで自分のことをゴシゴシと力だけで汚れを落とす。生傷が水にしみて痛い。


でも、ボクより痛かっただろうな。




ちらっと少年をみると眠そうに船を漕いでいる。


あそこを出てからこの子、よく眠そうにしてるな。


実際によく寝ている。あれほど劣悪な環境だったのだ、眠れなくなるのも当然だ。


その反動がきているのか。


そんなことを考えているうちに、洗い終えたので芝に上がり、髪や服の水気をできる限りとる。




「おいで」


「……」




少年はボクの近くにきてくれる。少年に声をかけ、少年の服を絞って水気をとる。そのまま髪もボクの服の裾でできるだけ乾かす。




「はい、もういいよ」




少年の頭に手を置いて合図すると、少年はボクの手をつかむ。


癖になってるな……。




次は何をするのかと言った目でこちら見ている。


まあ、このくらいの年であの環境で育ったのなら……ね。




綺麗になった少年を見てみると先ほどまではわからなかったが、太陽の光で髪が金色に輝いている。


いつの間にか昼になったようで太陽が真上にきていた。




せっかく綺麗な髪の毛なのに、手入れできてないからボロボロ……。


急に手にこめられる力が強くなる。まだ?といった感じでこちらを見つめている。




「あ、うん、水はできるだけ飲んでおこう、次はいつ飲めるかわからないから」




二人でできるだけの水を飲む。


飲んでも体に問題のない水かどうかは……あの船内よりはマシだろう。


汚れ切ったボクたちが川で汚れを落としたことで感染症など気になったが、今更どうしようもないので忘れることにした。




ここの場所は覚えておいたほうがいいだろう


他に水場がない場合もあるだろうし。




「もう大丈夫……だね、行こう、今度は食べ物がないとね」




当面の目的は海賊たちから逃げながら食料の確保なので、水の次は食べものだ。


また、少年がボクの手を引く。引っ張られるがままついていく。




さっきみたいに何か見つけてるのかな……。


探しながら進むと言うよりは道をすでに知っているかのように、一直線に進んでいく。




「わっ」




少年が急に止まり指をさす。




「ん……?桃?」




よく目をこらしてみる


うん、桃だ、しかも白桃。


くいっと手を引かれ、少年をみるとこちらを見て首を傾げている。




どういう……意味だ……?


何を伝えようとしているのかわからない。とりあえず頭を撫でる。




「桃があることがわかってたんだね、ここに連れてきてくれてありがとう」




少年が手を繋ぐのが癖なら、ボクは頭を撫でることが癖になってきていた。頭を撫で終わると少年はパッと手を離す。




昨晩寝た、世界樹のような木の時よりも素早く少年は木に登り出す。


すでにボクより登るの早いな……。




ボクも続けて登り出す。登り終える頃に、少年は桃をむしりとっていた。木々が揺れ、たくさんの桃が地面めがけて落下する。


あれま、もぎ方知らないよね。力ずくでとったからか少年が持っている桃はすでにつぶれている。




「一緒にもいでみようか」




ボクは少年に丁寧に教える。




「桃を持ったら、枝と同じ方向に優しくひねってみて」




少年はきょとんとこちらを見ている。できる限りわかりやすい言葉で言ってみたが理解できていないようだ。




「まずはこう持って……」




手を重ねて、動作を一緒にする。




「……」




綺麗にもげたな。


少年は少し嬉しいのか頰が赤い。




ボクも自分のやつとろうっと。


すばやくもいで皮を剥こうとしていると、少年は皮を剥くことなく口に入れていた。




「皮剥いたほうが美味しいよ?」




またも固まってボクを見やる。




「この外についてる薄いやつが皮ね」




知らないことが多いだけで物覚えはすごく早いんだよね。


丁寧に皮を剥いて、ボクは少年に桃を渡す。滑りやすいからか落とさないように両手で持つ姿は小動物のようで可愛らしい。




「中に大きなタネがあって、食べられないから気をつけてね」




こくんと頷いて少年は桃を食べる。


桃狩りに行ったことがあったけど、こんなところで役に立つなんてね。


そのあとボクたちはそのまま桃の木の上で一夜を明かしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る