第3話 解体した”ニク”の味
絶対に何も感じなくなっていると思っていた。でも、それは思い込みだったようだ。何日たったかわからなくなった頃、ボクたちは死体の解体をさせられていた。
「い、嫌……です!」
意を決してなんとか声に出す。しかし返ってきたのはいつもよりも強い蹴りだった。
胴体が痛い。だが、それ以上にこんなことはしたくない。
ただの死体の解体ではない。この死体はボクと少年の未来の姿ともいえるだろう。
あの日、そう初日にみた子供の死体。
その死体と同じような、ボクたちとは違うことをさせられていた奴隷の子供の死体だった。目は腐り落ち、耳には蛆虫が湧いていた。男たちはこの子供の肉を食べるのだと言っていた。
いつもは率先して行動していた少年の手が動かない。
……少年も、嫌なんだ。
ボクは手に持っているナイフを死体の腕めがけて振り下ろす。涙なんかとっくに枯れたと思っていたが、一日の食事量よりもたくさんの涙が出る。
「はははっ!お前からやるのは珍しいな!!」
死体を解体しろと言った男はかつてないほど笑っている。ボクは無心で腕を何度も切り付けて死体の腕を切り落とす。断面からは赤黒くドロっと腐った血と蛆虫なのか、寄生虫なのかわからないほど血まみれになった、何かがたくさん蠢いていた。
反対の腕も切り落とそうとするとーーー
少年が死体の腕に何度もナイフを振り下ろし始めた。ボクは気が触れる中、何度も何度も死体の子供をナイフで切り裂いてバラバラにした。ボクよりも一回りは小さい子だ。
「うううう……」
ボクは解体が終わると床に崩れ落ちて大泣きしてしまう。
「面白かったなあ……今夜はこの肉をパンに挟んで副船長の好きなサンドイッチにでもするか!」
今日は解体だけで許されてボクたちは檻の中に戻った。
一時間ほど泣いた後、ボクは落ち着きを取り戻していた。ふと、少年をみる。少年と目があう。
「ああ……ううぅ……」
少年は嗚咽を漏らしながら涙を流す。
泣いたことなかったのに……。
ボクはなんて声をかけていいのかわからず、少年を抱きしめた。
「ううう……うわああああぁぁ!!」
大泣きしながら少年はボクの背に手を回して、弱々しい力で抱きしめ返す。少年と抱きしめ合っているとボクもまた、涙が溢れてきた。二人で泣きじゃくった。
ボクは解体してしまった子供を思い出してしまった。この少年は解体した子供よりもさらに一回り小さい。まだ小さいということはそれだけ、死にやすいということに気がついてしまった。
ボク、この少年に死んで欲しくない……。
「絶対、生き残ろう……」
ボクがぽつりとこぼすと少年はほんの少しだけ強く抱きしめてくれた。
ボクが死なないだけじゃダメだ。
少年の頭を撫でてみる。タンコブや切り傷、髪の毛はボクも少年も糸屑がついているだけかのようになってしまっている。
ボクがしっかりしないといけないんだ……。
急に体が重くなる。少年は寝てしまったようだ。
「すぅ……すぅ……」
いつもは寝息をたてて寝ない少年は規則正しい寝息をたてて寝ている。
やっぱり気を張ってたんだ……。
現代日本人のボクとは違い、少年はボクよりも辛い思いをしてきたんだろう。今までボクはここに来てからというものの、少年に率先して行動してもらっていた。
だが、そんな生活も今日、今限りで終わりだ。ボクは決意を胸に少年と抱きしめ合ったまま眠りに落ちた。
次の日いつもは蹴り上げられて激痛で目が覚めていた。だが、今日は痛みと重労働で疲れ切った体を無理やり叩き起こした。男がいつものようにエサを持ってくる。
「なんだ、今日は起きてるのか、つまらねぇな」
男が床にエサを置き部屋の外に消える。今日のエサは昨日解体した子供の指のようだ。
昨日までのボクなら食べられなかっただろうな。
ボクはエサを口に運ぶ。
思ったより食べられるな。
昨日、何事もなかったかのように少年もエサを食べる。肉とは思えない食感に腐った血の味、デザートは蛆虫か寄生虫といったところだ。
そしてボクたちはまた掃除をさせられる。ボクは少年よりも多く磨けるよう励んだ。
しばらくしていつもの足音が聞こえる。男たちが暴力を篩にきたようだ。いつもなら怯えて何もできなかった。だが、今日のボクは違う。
「少年には何もしないでください」
はっきりと声に出して意見を言うボクを見て男たちは一斉にボクをみる。
「はっ、俺たちがお前いつ、俺たちに意見していいと言った?」
一人の男が圧をかけながらボクに言い放つ。
「意見してはいけないとは言われていません、それに、少年より体の大きいボクをサンドバックにした方が殴りごたえがあるのでは?」
臆せず声を発する。
「いいぜ、お前が声を出さない間はこいつには手を出さないでやるよ!」
男の拳が腹を貫通したかと錯覚するほど鋭い痛みを感じる。
「っ……!」
いつもならここでうめき声を上げ、地面にのたうち回ってしまっていた。
絶対に声を上げるものか、倒れてもやらないからな……!
何度も殴られ、蹴られる。壁にうちつけた頭から血が目に垂れてくる。視界が霞む、頭がくらくらする、体はもはや痛みを感じていない。感覚のない足で意地のみで立ち続ける。
やがて男たちは飽きたのか、ボクに暴力を振るうことをやめた。
男たちが消えるとボクの足は言うことを聞かず、その場に崩れ倒れた。
……?
血を流したからか、殴られすぎたからか数分ほど意識が飛んでいたようだ。
いや実際には何分経ったか分かってはいないのだが。
重たい目を開けると少年が心配そうにボクを覗き込んでいる。緊張が解けたからか、痛みがしなかった全身に再び痛みが戻ってくる。
いたたたたたっ!
激痛にも慣れてしまった。ボクは無理やり体を起こして少年の頭を撫でる。少年は目に涙を浮かべている。
「うううぅ……」
今まで優しくされたことがないんだろうな。
泣き出した少年を昨日のように抱きしめて、背中をぽんぽんと軽く叩いてあげる。
数分泣いて落ち着いた少年は立ち上がり、ボクの頭を撫でた。
ボクが……撫でられてる……?
頭を撫でられたのなんて何年ぶりだろうか。この酷い船内で初めて嬉しいと感じた瞬間だった。
「……ありがとう」
ボクが微笑んでお礼を言うと少年はほんの少しだけ微笑みを返してくれた。
この子が笑うところ初めて見た、なんだか嬉しい。
少しはボクに気を許してくれたようで素直に嬉しかった。いつもならそろそろ男たちがまた殴りにくる時間だ。だがその日、男たちは掃除の終わりを告げる時間まで現れなかった。
それからどこの掃除でも何の解体だろうと動揺することはほとんどなくなった。
どれだけ罵られ、暴力を振るわれ、汚物を食べようとも”逃げる”という目標がある限りは耐えることができた。おそらく数ヶ月たった頃、好機は訪れた。
「明日はやっとお前らを売れるぜ」
その言葉で現状が読めたのだ。
前日の掃除では海水をバケツにくむ時に海が動いていなかった。ということは、停泊しているということだ。だが、ここが陸地でない場合、ボクたちがこの海から逃げたところで溺れるか、飢えるかの未来しか見えない。
慎重に、慎重にやらないと……。
一度失敗すれば次はないだろう。そんなことは男たちの態度でわかりきっていた。
本日は運よく便所の掃除だった。
いつものように男に連れてこられ、掃除をするふりをする内に男は消えた。その瞬間ボクは少年に小声で声をかける。
「ボクは今からここから逃げる」
少年は首をかしげている。
「失敗したら、ボクたちはこいつらのご飯になる」
少年はまっすぐにボクの瞳をとらえている。
「それでも、君と一緒に逃げたいんだ」
ついてきてくれる?
その一言を発する前に少年はボクの手をとって頷いた。ボクも頷き返して、バケツに海水をくんでいた床の板を外す。
「いい?三、二、一で飛び込むよ?」
少年は大きく頷く。
「三」
少年がボクの手を強く握る。
「二」
息を大きく吸う。
「一」
息を止め、心でゼロと唱えて海に飛び込む。船内で掃除をしていた時、波が流れてきていた方へと泳ぐ。
多分進行方向先に陸地がある。
学校の授業で水泳をしていたボクとは違い、少年は泳げないようだ。
とにかく海から出ないと!
切り傷が海水で染みる。
圧力がかかっているからか体が動かしにくい。
だんだんと少年の手を握る力が弱くなっている。
もう息が……。
光が見える。
早く!早く!動け体!
「ぷはっ!!」
何とか顔を出すことができ、溺れかけている少年を引っ張り上げる。
「げほっ……!」
溺れかけていたが、ギリギリ間に合ったようで少年は飲み込んだ水を吐きながら呼吸を整えている。
ほっと一安心して、辺りを見回す。真右に大きな船、正面には小さな港町のようだ。
すぐに街に行きたいけど、このまま最短で行くとあいつらに見つかる可能性が高い……きついけど回り道をしよう。
少年は浮いていることがやっとな状態で、ボクは少年を先導する。船から離れた岩場で初めて陸に足をつける。
「はぁ、はぁ……」
ボクも少年も岩の上で横になり、荒い呼吸を整える。ジリジリと照りつける太陽が眩しい。
「太陽だ……」
何年振りだろうかとも思えるほど太陽を暖かく感じる。海賊たちに解放され、自由を感じる。
少年がボクの頰に触れる。
「ああ、ボクまた泣いてるね」
ボクの涙を拭ってくれたようだ。
「ありがとう、立てる?」
お礼を言って立ち上がり、いつもの癖で少年の頭を撫でる。少年は立ち上がり、ボクの手を握る。
「行こうか」
早くここから逃げなければならない。だがそうはいっても全く知らない街で土地勘もない。
「ここ知ってる?」
少年は首を振る。
やっぱり知らないか、これからどうしようか。
完全にノープランである。
人前には出ない方がいいか。
汚れきった服に髪に肌、首と足に付けられた枷。
明らかに奴隷とわかる見た目をしている。
ひとまず飲料と海賊たちと人々から目を盗んで過ごさないと。
悶々と一人で考えていると少年が手を引っ張る。少年の方をみると指を指している。その指の先には海賊ではない人間たちがいた。ボクは少年の手を引いて急いで近くの岩場に隠れた。
心臓がバクバクと五月蝿い。
大丈夫、大丈夫だ、落ち着け。
ボクとは裏腹に少年は非常に落ち着いている。岩陰からちらっと人間の様子をみる。どうやら中年くらいの夫婦のようだ。
「ここまで散歩にくるのも疲れるようになったわ」
「そうだなぁ、わしらも年じゃしのぅ」
いかにも苦労をしたことがなさそうな貴族の老人たちといった印象だ。なかなかその場から老夫婦は動かない。
段々と冷や汗をかいてきた。ぎゅっと手が暖かくなる。手の方をみると少年が両手でボクの手を握っている。
うん、そうだ、しっかりしないと。
二人でそのまま老夫婦が去るのを待った。三〇分ほどたった頃に老夫婦はどこかに消えていった。
「ふう……」
息をついて安堵する。少年は眠たいのか船を漕いでいる。
すごい悠長だな……。
暗くなり出すと海賊たちがボクたちがいなくなったことに気がつくはずだ。その前に逃げないと。ボクは眠ってしまった少年を背中におぶって歩き出す。
なんか弟ができたみたい……。
なんだか少しむず痒い。
暖かいな……。
ボクは海岸沿いに街を避けるように歩き出したのだった。
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