第162話 月上星架のお願い その1

 9月5日、早朝。


 月永女子高等学校・生徒会室。

 そこに2人の女生徒がいた。


 1人は生徒会長の月上星架。

 もう1人はeスポーツ部部長・木藤きふじ初加ういか


 木藤はブレザーのポケットに手を突っ込んだまま、不遜な態度で星架の言葉を待っている。


「……成程。つまり、自分たちは好成績を残しているのだから贔屓しろ……ってことね」

「オブラートに包んで話したのに、そのオブラートを開かないでくださいよ。生徒会長サン」

「あなたたちeスポーツ部はすでに部費も設備も他の部活より優遇されている。それでも足りない?」


 木藤は空席の椅子を引き寄せ、星架の許可も取らずに座る。


「そりゃゲームってお金が掛かりますから。ゲーム機は10万を下らないし、ソフトも最低2万はする。やってらんないと思いません?」

「その分もしっかりと考慮した額を学校は出している」


 はぁ~。と木藤はため息をつく。


「まぁまぁ先行投資と思ってくださいよ。他のただのボランティアな部活と違って、eスポーツには優勝すると1000万とか出る大会もある。賞金の3分の1でも学校に入れれば十分元は取れるでしょ?」

「それだけのポテンシャルがあなたたちにあるとは思えない」


 木藤は「あぁ?」と最低限装っていた社交性を解き、星架を睨む。

 星架は机に頬杖をつき、挑発するような目つきで木藤を見る。


「本当にそれだけの将来性があるか試そうか。部活のエースと私でARのゲームで勝負しよう。私に勝ったら部費を倍額にする」

「倍……!?」


 木藤は歪んだ口元を手で隠す。


「本当に、いち生徒会長にそこまでできる権利があるんですかねぇ」

「ある。余計なことは気にしなくていい」


 木藤は考える。


 美味い話だ。ゲームを専門とするeスポーツ部がゲームで勝負して負けるはず無い。どれだけスポーツセンスがある人間でもテニス部にテニスで、バスケ部にバスケで勝てるものか。


 しかし相手は完璧超人の生徒会長。ゲームに対しプライドも自信もあるが、それでも尚侮りがたし相手。これだけの報酬、確実に手に入れられる状況を手に入れたい。


「『ガーディアンズ・ユナイト』……」


 木藤はスマホを操作し、いま口にしたゲームのパッケージをスマホに映し星架に見せる。


「架空の惑星を舞台に、そこに現れる怪獣をひたすら倒すゲームです。これの3on3スリーオンスリー得点争奪戦スコアスクランブルで勝負しましょう。ルールはシンプル。同じMAPに3人編成のチーム2つ……生徒会長チームとeスポーツ部チームで同時に降り立ち、怪獣を倒して多くのスコアを稼いだ方が勝ち。もちろん妨害は可。敵チームのプレイヤーを倒すのも自由! いかがですかねぇ~」

「……」


 星架と1対1は怖い。だから星架に味方おもにを2つ持たせ、さらに自分は強力な味方ぶきを2つ持つ。

 もちろんこんなeスポーツ部有利の条件、木藤は通るはずないと思っている。

 値切りの常套手段。

 まず大きく吹っ掛け、そこから条件を刻むことで高い値切りを通しやすくする。人は『断る』という選択に強いストレスを感じる。たとえ無法な吹っ掛けでも断ればストレスになり、次の提案を断りづらくなる。


 木藤の本命は次に出す提案。この最初の提案に関しては捨て石――だったのだが、



「そのゲームには、銃は出てくる?」


 

 思いもよらぬ質問が飛んできた。


「は?」


 木藤は相手の意図を汲めず困惑するも答える。


「むしろ銃メインだけど……」

「それなら、いいよ」

「え……?」

「さっきのあなたの提案を呑む。3対3で勝負しよう」


 ぞわ。と木藤は鳥肌を立たせた。


――か、勝った……!!!


 歓喜が全身を巡る。

 ただ部費が増えるだけじゃない。あの完璧超人の月上星架を相手に勝ち星を付けることができる。誰もがあらゆる勝負で勝てなかった、あの月上星架に……!


 木藤は自尊心の強い人間。同級生の星架に嫉妬したのも1度や2度じゃない。この溜まりに溜まった胸の濁りを、ようやく精算できるのだ。


 木藤は笑みを抑えるのに必死だった。


「だけど、もしこっちが勝ったら部費は減額」


 星架は机の引き出しからサイコロを取り出す。


「今の部費から、サイコロで出した目の数だけ割る。6が出たら部費は6分の1にする。それでもいい?」


 なんでもいい。と答えそうになるが、木藤は喉元で言葉を止めた。


「……厳しい条件ですが仕方ない。乗りますよ」

「よかった」


 ガーディアンズ・ユナイト。

 このゲームのスコアスクランブルの大会においてeスポーツ部は日本9位の成績を残したことがある。当然、木藤はガーディアンズ・ユナイトの上位プレイヤーは記憶している。この学校内に上位プレイヤーはいない。自分たちに匹敵するプレイヤーはいない。


 もしゲームの腕が立つ者がeスポーツ部以外に居れば嫌でも木藤の耳に入る。しかし木藤はそんな凄腕のゲーマーの噂は一切聞いたことがない。たとえ星架が最高峰の能力を持っていても、プレイヤーと怪獣、2つの勢力を1人手で相手取ることは物理的に不可能。


 揺るがない、勝利の確信。敗北した場合の話などどうでもいい。


「当たり前ですけど、学校外のプレイヤーを助っ人に呼ぶとかは無しですよ。月上家の力を使えばプロを引っ張り込むことも容易だと思いますが……」

「しない。この学校の生徒の中から選抜する」

「ははっ! ――了解です。それじゃ生徒会長サン。勝負は週末の土曜ということで」


 星架はスマホを操作し、ゲームの仕様を一通り調べた後「それでいい」と了承した。


 こうして、月上チームvseスポーツ部の勝負が決まった。

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