あこがれのお姉さんは永遠に。

ペーンネームはまだ無い

第01話:あこがれのお姉さんは永遠に

 私が幼いころから、近所の古いお屋敷には沙織さんというお姉さんが住んでいる。

 彼女は、容姿端麗で文武両道の才色兼備でありながら、性格も明るく優しく料理も上手という完璧超人だ。

 だから、沙織さんは私にとってずっとあこがれのお姉さんでいる。

 ちなみにお姉さんといっても、彼女の年齢を私は知らない。年齢について聞いてみたこともあるが「ヒ・ミ・ツ♪」とはぐらかされてしまった。見た目は十代半ばから後半くらいではあるのだけれど、何年たっても歳をとったようには見えない。


 私は沙織さんにあこがれるあまり、大きくなるにつれて彼女のようになりたいと強く願うようになった。

 手始めに、私は鏡の前で彼女の仕草を真似し、服装を似せ、話し方まで変えた。

 それでも、どこかが沙織さんとは違う。沙織さんになりきることはできなかった。

 なんで? どうして? 何が違うの?

 そうやって、何度も私と彼女を比べた。その度に私の心は何かに蝕まれていくようだった。


 私が16歳を迎えた年のある日、沙織さんが病で亡くなった。

 その話を聞いて、私は悲しみよりも先に奇妙な高揚感で満たされた。

 もう彼女と比べる必要はない。だって、私が彼女の代わりになるんだから。


 その夜、私は沙織さんの部屋に忍び込むと、彼女の服を着て、彼女の香水をつけて、彼女のリップを塗った。

 鏡の前に立つと、そこに映るのはまるで沙織さんそのものに見えた。

 思わず微笑むと、鏡の向こうの私も同じように微笑んだ。


 だが、違和感があった。

 鏡の中の私は、私とは関係なく笑い続けていた。

 次第に、その口が異様に裂け、目が爛々と輝く。


「――やっと、気づいた?」


 背筋が凍るような声が響く。


「ずっと、気づいてたよ。私になりたかったんでしょう?」


 鏡の中の私が手を伸ばす。

 私は逃げようとするが、足が動かない。いや、動かせない。

 気づけば、私の手は勝手に鏡へと伸びていた。


 ――やめて、沙織さん!


 必死に叫ぶが、声は出ない。指先が鏡に触れた瞬間、視界が暗転した。


 気づけば私は鏡の中にいた。

 外側では私の姿をした沙織さんが微笑んでいる。


 「ありがとう。これで私、また生きていける」


 必死に叫ぶ私を見下ろしながら、沙織さんは満足そうに髪をかき上げた。

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