8.美醜

 耳を劈く女の悲鳴が聞こえ、マンションのエントランスまで降りてきていた司と紅は元来た道を急いで引き返した。耳に届いた悲鳴は、つい先程まで会話していた女の声と酷似していた。

 管理人に事情を説明してオートロックの共用玄関を開けてもらい、逸る気持ちを抑えて佐藤が住む六階までエレベーターに乗り、扉が開いた瞬間に外に飛び出す。佐藤が住む号室は外廊下の突き当たり。一気に駆け抜けた。

「佐藤さん!」

 玄関扉の前に立った司はノブを捻るが、中から鍵がかかっているのか開かない。仕方なくドアを叩き、中に呼びかけるが返答はない。そうしている内に、美弦が手配したパトロール中の警官も悲鳴を聞きつけて駆けつけてきた。

 緊急のため全員で扉を破ろうとしていたところ、かちゃりと鍵が開く音が聞こえた。中から女が倒れ込むように出てきた。佐藤だ。

「大丈夫ですか!」

 警官が佐藤に駆け寄る。佐藤は口から頬にかけてを手で押さえ、「痛い、痛いぃ……」と泣き喚いている。押さえた指の隙間から真新しい血が溢れ落ちていた。

 蹲る佐藤を覆い隠すように影がさす。玄関の中から佐藤を冷ややかに見下ろす赤い女。口裂け女――赤穂だ。

 司は、反射的に刀の柄に手をかける紅を制した。

「紅ちゃん、佐藤さんを任せた」

「でも、司」

「大丈夫。俺を信じて」

 渋々頷く紅に佐藤の怪我の処置を託し、司は赤装束の女に歩み寄った。

「口裂け女――いや、赤穂紗希さんですね」

 帽子の下の視線が司を捉える。

「……誰?」

「市役所の怪奇事象相談室の者です。何故、こんなことをしたのか……お話を伺ってもよろしいですか」

「……許せなかったの。高校を出て、せっかく人並みの幸せを手に入れられるかもしれなかったのに、過去はいつまでも私に付き纏ってきて消えない。それなのに、私をこんな風にしたこいつらはのうのうと生きているのを知っちゃって。悔しくて、自分がどうしようもなく惨めで――気がついたら死んじゃってた」

 赤穂が死を選んだ理由は忌村の推測通りだった。司は余計な口を挟まず、彼女の言葉を待つ。

「でも、未練があったから、こうしてこの世に残ってしまった。それなら、私をこんな風にした人達を同じ目に遭わせてやろうって、そう思ったの。こんなことしちゃってる時点で、顔だけじゃなくて心まで化け物みたいになってしまったけれど。ねえ……私、醜いでしょ?」

 泣きそうな顔で自嘲を浮かべる赤穂。司は首を横に振っていた。

「そんなことないです。あなたは醜くなんかない。綺麗なままですよ」

 彼女は自らの行いを悔いている。肯定するべきではない、と思った。

「そう――ありがとう。あなたは優しい人なんだね。生きてる内に会いたかったなあ……」

 自嘲は柔らかな笑みに変わり。微笑んだ赤穂の姿が徐々に薄れていき、空気中に溶けて消えた。

 紅達が呼んだ救急車のサイレン音が近づいてきた。

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