そんなあこがれは本物じゃない

篠原 皐月

聞き流せるなら聞き流したかった話

 まだ生徒が集まり切っていない、朝の教室。その一角で、階段状に配置されている机に突っ伏している健を認めた友人達が、何事かと歩み寄って声をかけた。

 

「おい、健。どうした?」

「具合でも悪いのか? 朝から突っ伏して」

「……ちょっと立ち直れない」

「はぁ? 何が?」

 くぐもった声で応じた彼に、友人達は怪訝な顔になった。すると健は突っ伏したまま、説明を始める。


「昨日、バイトだったんだけどさ。そこで例の、可愛い二人組が来てさ……」

 そこで彼らは、以前に聞いていた話を思い出した。


「お前が前に言ってた子?」

「確か高校生っぽい二人組で、ショートヘアの方が好みって言ってたよな?」

「ああ。それでカウンターで見てたら、タチの悪そうな二人組の男に『ちょっと付き合え』とか絡まれて。さすがに助けに入ろうとしたんだけど……」

 そこまで聞いた友人達は、好奇心を露わに健に詰め寄る。


「お? それで颯爽と助けに入ったとか?」

「やるじゃん、健」

「いや……、『俺は男だから付き合う気はない』と、はっきりきっぱり断ってた」

「…………」 

 消え入りそうな健の台詞に、友人達は沈黙した。そして一瞬顔を見合わせてから、慎重に問いかける。


「ええと……、それってショートヘアの方?」

「……ああ」

「その……、見た目は女の子だったんだよな?」

「思い返せば、確かにいつもパンツスタイルだったとは思うが……」

「あのさ、それってしつこい男を追い払うための、嘘なんじゃなかったのか?」

「そいつらもそう思ったらしく、『男なら脱いで見ろよ』と言ったら、盛大に脱いで見せた。上半身だけだったが……。はっ、半年間の、おれの憧れとときめきを返してくれぇぇっ……」

「…………」

 そこでとうとう咽び泣き始めた健を、周囲は無言のまま、なんとも言い難い顔つきで眺めた。しかし彼らの背後の一段高い席から、容赦のない声が降ってくる。


「朝っぱらから、何くだらない話を喚いているのよ。迷惑極まりないわ」

「おい、言い方」

「お前、少しは傷心の奴を労わろうとは思わないのかよ?」

 さすがに健を気遣って友人達は発言した相手を咎めたが、彼女は微塵も手加減しなかった。


「はっ、傷心? 勝手に勘違いした挙句、勝手に傷ついているだけじゃない。それのどこに同情しろと?」

「あのな!?」

 その冷徹極まりない声に、健は思わず顔を上げて背後を振り返った。そのまま反論しようとしたが、相手から真顔で問いかけられる。


「それなら聞くけど、その可愛いショートヘアーの彼女と、ゆくゆくは結婚したいとか思っていたわけ?」

「いや、まさか、そこまでは。ただああいう可愛い彼女ができたら良いなと、密かに憧れていただけで」

「それなら別に、問題ないでしょう? 男同士で結婚となると色々と差し障りがあるけど、男同士で付き合うのは可能よね?」

「……はい?」

 至極当然と言わんばかりの口ぶりに、健は元より周りの友人達も呆気に取られた。しかし彼女の主張は止まらなかった。


「女の子と見間違うばかりに美形に生まれたのはその子のせいじゃないし、あんたに好きになってくれと頼んだわけでもないのよ? それなのに彼女になって欲しいと憧れてました~、でも男と分かって裏切られた気持ちで一杯で俺は辛いです~って、身勝手すぎるし周りの迷惑だし、あなたの憧れって所詮本当の憧れじゃないんじゃないの? 本当に好きで憧れているって言うなら、異性だろうが同性だろうがとことん推して愛でるものであって」

 永遠に続くかと思われたその主張は、そこで彼女の友人達によって遮られる。


「典代、ストップ! そこまで!」

「ごめんね! 私達、席を移るから!」

「それじゃあね!」

「あ、ちょっと何するのよっ! まだまだ言い足りないんだけど!」

「…………」

 半ば強引に彼女が友人達に引きずられて席を移動した後に取り残された健達は、微妙な顔つきのまま席に着き、何事もなかったかのように最初の講義に備えた。



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