あこがれの女神さまにお参りし続けたら、まさかの願い違いでした
藤之恵
第1話
機織は冬に一番多く行われる。雪で外に行けない分、家の中で内職をするのだ。
冬から春に変わり始める季節、機織女として働くヨリは朝から女官長の史跡を受けていた。
「ヨリ! いい加減にしなさいっ」
「はいっ、すみません」
女官長の檄が鋭く響く。
機織り小屋にはヨリ以外にも機織女がたくさんいたが、その誰もが知らぬふりで自分の仕事を続けている。
織り機の木の匂いと、材料として大量に積まれた様々な種類の糸たちが独特の匂いを作っていた。
(どうしてこうなっちゃうかな)
ヨリは機織り機に触ることも、糸をつむぐことも好きだ。ただ、絶望的に下手なだけで。
女官長が目線の先にあるのは、ヨリが一晩中懸命に織り上げた織物だった。その一つを取り出し、広げる。ところどころ糸が飛び出し、柄は明らかにずれていた。
「これでは献上はおろか、売り物にもなりません」
「申し訳ございません」
ヨリは頭を下げた。
機織女の仕事は、布を織ること。出来が良ければ皇帝陛下への献上品になることもあるし、そこそこであれば収入源としてそとに売り払われる。
そのどちらにもできない布を作るヨリは機織女と言えない人間だった。
「あなたがここに来て何年ですか?」
「三年になります」
「そう、三年です。もう立派な機織女になれる年限です」
女官長ができそこないの織物を手早く巻き取ると元の場所に戻した。
眉間には深い皴が刻まれている。ヨリはここ三年で何度も見た表情に頭を下げる以外ない。
俯いたまま組んだ手を強く握る。
「その……努力は、しているのですが」
「実っていないなら同じ。努力していなかったら、とっくに首にしています」
「はい」
女官長はきっぱりと言い放った。
俯かせていた顔がさらに下がった。女官長の言葉が最も過ぎて、どんな顔をすればいいのか分からなかった。
はぁと女官長は深いため息を吐く。
「次の織物もこのレベルなら辞めてもらいますからね!」
「……わかりました」
憧れていた機織女の仕事を辞めざるを得ない状況にヨリは頷くしかなった。
※
機織女になってからほぼ毎日訪れている場所がヨリにはあった。
そこは山あいの静かな場所にあり、羊を模した古びた石像が静かに鎮座している。
羊毛神と呼ばれる糸の神様だ。ヨリの故郷で一番信じられている神様で、小さい時からあこがれ参拝していた。
ヨリは地面に膝をつき、切実な表情で手を合わせていた。
「羊毛神さま、どうか機織が上手くなりますように」
日も落ち始めた社に人影はない。
鳥の声さえ聞こえない静けさの中、風がふっとヨリの前髪を揺らし、神域の木々がざわめく。
「努力もしてます。練習も休んだことはありません。ここに来るのも千回目です。どうか……どうか、お願いします」
誰よりも練習してる。機織りの雰囲気が好きだ。
それなのにちっとも上手くならない。
「次で首になっちゃうんです」
どうか、どうかとヨリは頭を地面に擦り付けるようにして祈った。
その時、突然社が眩しい光を放ち始めた。
「な、なにっ?!」
飛び退るように立ち上がり距離をとろうとしたが、痺れた足がもつれて尻もちをつく。
呆然と光を見つめていたヨリの目の前に、その神様は現れた。
「うぅ、なんでその願いをあたしに願うかなっ?!」
光の中から、年若いのんびりとした女性の声が聞こえてきた。
徐々に光が収まり、目が眩んでいたヨリの目が慣れてくる。
と、ヨリの目の前には美しい女性が立っていた。
黄金の髪がゆるやかな波のように流れ、青く澄んだ瞳が輝いている。肌は白磁のように滑らかで、見たこともない美しい金の衣をまとっていた。
「……羊毛神さま?」
絵姿に描かれる姿そのままだった。想像より大分若いけれど。
「そうです、あなたに千回機織り向上を願われた羊毛神のヨウですぅ」
まるで半泣きのような姿に、ヨリは目を瞬かせた。
神さまも泣くんだなぁと驚きすぎて冷静になってしまった。
「なんと、まぁ……美人な神様なんですね」
「ありがとう。でもね、今はそういう場合じゃないでしょ!」
ヨリの言葉に羊毛神さまは一瞬笑顔を浮かべると、すぐに苛立たしげに唇を尖らせた。コロコロと表情の変わる神様だ。
羊毛神さまは苛立ち交じりに手を上下させながら、ヨリを見つめてくる。
「あのね、あたしは羊の神様なの」
「はい、存じております」
小さい頃から羊の大切さはよく言い聞かせられてきた。
ヨリの家は羊の放牧で生計を立てている家で、羊とともに育ち、世話をし、毛を刈ったり、乳を売ったりしていた。
だからこそヨリは一生懸命、羊毛神さまに祈ってきたのだ。
ヨリのはっきりした答えに、羊毛神さまはふかーくため息を吐く。
「羊の神様には糸の質をあげるとか、より毛量をふやすとか、そういう職能しかないの」
糸の質があがるのも、毛量が増えるのも、凄いことだ。と、ヨリは思い、すぐに自分が願ったのは機織りだと思い出す。
まさか、とヨリは恐る恐る聞き返した。
「機織りは、管轄外ということですか?」
「そういうこと! あなたがあたしに千回願ったって、万回願ったって、機織りは向上しないの」
何ということだ。ヨリは言葉を失った。
羊毛神さまはヨリに同情したような視線を向ける。
「ずっと言いたかったんだけど、機織は酉棚端神(とりたなばたしん)であるトリの役目だから! トリの降臨を願うのが本筋なんだけど、君はずっと私に願ってたから、もう私以外出てこないし」
他の神さまに願うこともできない。
ヨリは立っていることもできず、石畳に膝をついた。
見当違いの願いをずっと祈ってきた人間が哀れだったのか、羊毛神さまに顔を覗きこまれる。
「なんで千回も効果ないのに願っちゃうかな」
ほとほと呆れたような、困ったような、困惑としか言えない声だった。
ヨリは女官長にしたように頭を下げる。
「それは、申し訳ございません」
「謝らなくていい! 君の真面目な性格はよくわかってるから」
そっと肩に手を置かれ身体を起こされる。
神さまの手は暖かくもなく冷たくもなかった。それどころか、触られた感触さえ不確かで、それなのに抗うことはできない。
ヨリは自分を優しく見つめ返す目の前の女性が、本当に人ならざる存在なんだと実感した。
「助けたくても助けられないのは、神様だって辛いんだよ?」
「羊毛神さまとお会いできただけで、十分です。諦めて首になります」
最後の頼みの綱だった神頼みさえ失敗した。
こうなっては、潔く首になり、地元に帰るしかないだろう。
腹を決めたヨリに、羊毛神さまはへの字に口を曲げると髪の毛を乱暴に掻いた。
「あー、もうっ」
しょうがない。そう思っているのがヨリにも伝わってきた。
「あたしがあげられるのはさっき言ったような能力、糸の質をあげるとか、材料の判別ができるとか羊に関わるようなものだけだけど、どうする?」
突然の提案にヨリは目を大きく見開いた。
だけ、なんてとんでもない。羊毛を扱う人間には大変ありがたい能力だ。
機織女じゃなくなったとしても生きていける。
「え、いただけるんですか?」
「千回も祈ればねぇ……君、あたし好みだし」
ぼそりと呟かれた言葉はヨリの耳には届かなかった。
ヨリはただただ頷く。
「ぜひ、お願いします!」
「おっけー」
その日を境にヨリの織った織物は見違えるように変わった、わけがない。
ただ、織物に使う糸の判別や糸の質を上げることができるようになったので、機織女の同僚にはとても重宝された。ヨリに糸を選んでもらえば、手触りの良い丈夫な布が織れる。
女官長はヨリが糸を選んだ布を見る。
「まさかヨリにこんな才能があったとは」
唸るように布を見て、手触りを確認する女官長にヨリは頭を下げた。
「ありがとうございます」
「これからも励みなさい」
「はいっ」
機織女になってから初めてウキウキする気分を味わった。
これも全て羊毛神さまーーヨウさまのおかげだ。
あれからも毎日ヨリは社を訪れていた。ヨウさまも最早茶飲み友達に会うかのように出迎えてくれる。
「ヨウさま、無事働けるようになりました!」
「おめでとう。よかったね」
パチパチパチとヨウさまは手を叩いて喜んでくれた。
純粋な喜びに溢れた笑顔にヨリも頬を緩める。
「これもすべてヨウさまのおかげです」
「うーん、そうなのかなぁ?」
首を傾げるヨウさまに、これからも毎日祈ろうと笑顔を深める。
この二人の話は、目的を間違えると願いはかなわないという故事として、また努力は報われるという話として長く伝わることになり、やがて二人セットで祀られることになるのだった。
あこがれの女神さまにお参りし続けたら、まさかの願い違いでした 藤之恵 @teiritu
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