人生という名のギャンブル

 僕には無理だ。


ギャンブルなんて退屈を紛らわす程度しかやったことないし、第一僕に人生を賭けるほどのギャンブルなんて無理だ。


 そんな僕を無視してシクザールは淡々と説明をする。


「チップは1人につき10枚、全部無くなると……ゲームオーバー死亡さ。」


「なぁ、シクザール。今からでも外に出ても良いか?」


 僕は息のみ、期待する言葉がシクザールの口から出るのを待ち望む。

 だけど、入る前の廊下で断られた、そう簡単に出られるとは思えない。


 「無理だよ」


 予想はしていたが非情にも無理らしい。


「あの扉を内側から開けられないようになっていてね、開けるにはチップ20枚と交換できる『鍵』がいるんだよ」


 その時のシクザールの表情はまるで虫かごの中の虫を眺めるような目をしながら狂気の笑みを浮かべていた。


「――ッ」


 僕は扉の方へ目をやると、扉の所にカードキーを認証するような場所があった。

 20枚……2人分のチップか。僕に集めることは出来るのだろうか。


「勝てば良いんだよ、ボクが手伝ってあげる。それに君はだからね」


 僕の心情をまるで見透かされているようにシクザールは的確な言葉を投げつける。


「それは……どうも。でも何故ここまで僕に固執するんだ?」


 僕は震える手でグラスを持ちながら、返事をした。


「それは――まだ内緒。」


 まるでストーカーに追い回されているような気分になる。


 飲み終わり、早速受付で半ば強引にチップへ交換した後、中央付近で行われているゲームへ参加する。


 その間もシクザールは終始笑顔だった。その笑顔は今までの笑顔とは違い、どこか別の場所を見て笑っているような、そんな笑顔だった。


今にもうわ言を呟きそうな、そんな笑顔だった。


「カール君、なんのゲームをするの?」


「いや……なんも知らないし、おすすめがあれば教えてくれ」


「なら、J&Aor2がおすすめだね」


 全く聞いたことがないゲーム名を聞き、シクザールが言っていた「やってるゲームも同じ」とは何だったんだろうかと思ってしまった。


のゲームでおすすめは無いのか?」


 聞いたことも無いゲームで僕は命で賭けることなんて出来る訳がない。


 「なら9番テーブルでやっているブラックジャックはどう?」


 それなら、カジノでもやったことはあるし……出来るのか?

 僕は9番テーブルに座り、ディラーと対峙する。


 薄気味悪い空間を天井からテーブルを照らす淡い光はまるで天国への階段の片道切符のようだった。


 座ったからこそ分かる。安堵感とギャンブル特有の高揚感。

 ディラーの前に座ると自分は何者かになった気分にさせてくれる。


「やぁ、お兄さん、お隣良いかい?」


「えぇ、どう……ぞ」


 やっぱり僕は何者にもなれていない。


 隣に座ってきた40代くらいの中年男性の顔つきは優しさに溢れていたが、その目に浮かぶ狂気は隠し切れなかった。


 シクザールの狂気とは違い、その狂気は、お気に入りの商品の新作発表を見るような、興奮と欲望が交じり合った目だった。


 これから始まるブラックジャックに僕は不安と焦燥で頭が真っ白になり、目の焦点が定まらない。



「まぁまぁ、そんなに怯えなくとも、ブラックジャックは個人戦ですから」


 そう言いながら中年男性は酒を一口飲んだ。

 こうして、最悪の始まりでゲームは始まった。

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