憧れは遠くなかったらしい

橙こあら

憧れは遠くなかったらしい

「へー! 結婚するんだ! おめでとう!」

「ありがとう……」


 数年間、婚活に励んだ結果……ぼくは無事に結婚相手を見つけることができた。お相手は優しい心の持ち主で、かわいらしい女性だ。婚活は自分の想像を越えるくらい大変で、ぼくは何度も凹んだ。それでも諦めずに……たまに休憩の期間を挟みながらも続けて良かった。

 そして今ぼくは、久し振りに再会した幼なじみに婚約の報告をしていた。目の前にいる本人には内緒だが……実は彼女は、ぼくの憧れだった。

 華やかで常に周りに多くの人が集まってくる幼なじみと違って、ぼくは冴えない奴だった。そんなぼくにも、いつだって彼女は親切にしてくれた。ぼくは心もきれいな彼女に長い間、恋していた。しかし、それは大人になった今でも誰にも言えない秘密……。


「とうとう、あなたも結婚しちゃうのかぁ……。何だか淋しいなぁ……」

「いやいや、そんな……」


 淋しそうにしている幼なじみを見て、ぼくは笑ってしまった。ちなみに彼女は既婚者である。


「あら、お世辞とかじゃないわよ。だって私、昔から良いなぁって思っていたもの……あなたのことを」

「……えっ?」


 幼なじみは真剣な表情。彼女と向かい合っているぼくは今、なかなかマヌケな顔をしていると思う。驚きを隠せていないからだ。


「……まあ今更そういうことを言ったって、あなたは困っちゃうわよね。ごめんなさい。忘れて」

「う、うん……」


 その後、ぼくたちは違う話題で盛り上がって、お互い笑顔で別れた。




「忘れられないよ……」


 暗い帰り道、思わず呟いてしまった。ぼくが憧れていた女の子は、ぼくが思っていたよりも遠くなかったのかもしれない。もし昔ぼくが勇気を出していたら……あの子は、ぼくと結ばれていたのだろうか。そんなことを考えていたら、


「あっ! いたいたー」

「おっ!」


 ぼくの婚約者が現れた。声が聞こえてきて振り向いた先にいたのは、ぼくの大切な人。

 そうだ。今ぼくが好きな人は、この子なのだ。


「思ったより早く用事が済んじゃった。一緒に帰ろっ!」

「そっか。じゃあ帰ろう」


 婚約者が「うん!」と返してくれたところで、ぼくたちは再び歩き出した。

 あんなことを考えてしまったのも、一夜の過ちだろうか。

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