第7話

***


 その後、カヤは膳から村外れにあるという一軒の家まで案内されていた。本来ならば利用価値の無くなってしまったカヤなど、すぐに村から追い出したいはずだが、膳と言えども翠様の命令には逆らえないらしい。


「全く、翠様のお言葉がなければこんな娘……あの男から金を取り戻さねば大損だぞ……」


 道中、ずっと愚痴を零している膳に黙って付いて行きながら、カヤは最悪の事態を免れた事に安堵していた。とりあえずこの男の奴隷になる事は避けられたらしい。


 しかも衣食住の住まで保証されるとは。あまり好きにはなれないが、これに関しては翠様とやらに感謝をしなければ。


 そう感じていると、やがて膳が立ち止まった。


「ここだ。中にある物は好きに使えばいい」

 

「へ?」


 カヤは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。そこにあったのは、家とは言い難い何かだった。


 辛うじて壁と屋根らしきものがあるため家だと分かるが、馬小屋の方が良い造りをしているのではと思えるほど、無残に朽ち果てたあばら家であった。


「小娘がどう生き延びるか見ものだな」


 茫然としているカヤに捨て台詞を吐き、膳はさっさと帰っていってしまった。一人残されて途方に暮れたカヤだったが、あの男に頼んでこれ以上の家を与えて貰えるとは思えない。カヤは意を決して家の中に足を踏み入れた。


 外も外だが、中も中だった。持ち主を失ってから長年放置されていたのか、屋根にも壁にも穴が開き、落ち葉や土が無遠慮に家の中に入り込んでいる。


 素人目には良く分からないが、この様子だと柱の二、三本は折れていても不思議ではない。土間には壊れた農具らしき塊が積み重なり雪崩を起こしかけていたが、見る限りまともに使えるものも無さそうだ。


 どこをどう手を付けて良いのか分からない悲劇とも言える惨状に、カヤは言葉を失ってしまった。


 明日になったら家の下敷きになって潰されているのではないだろうか。一抹の不安を覚えたが、今日までなんとか崩れずにいてくれたこの家を信じるしかない。


 ひとまず疲労が限界に達していたカヤは、床座の一部を軽く手で払い、どっかりと腰を下ろした。壁に背中を預け、深く息を吐く。なんだか、久しぶりにゆっくり座った気がした。


 さて、明日からどうやって生きれば良いのか。疲れ切った頭に、そんな疑問が浮かんだ。


 家はある。だがそれだけだ。金も学も無ければ知り合いも居ないこの国で、どうすれば生活の基盤を固められるのか、さっぱり分からなかった。


 カヤは空っぽの掌を見下ろした。まだ体は動くものの、もう何日もまともな食事を口にしていない。体力が衰えているのが自分でも良く分かった。


 探せば木の実ぐらいは見つかるかもしれないが、果たしてそんなものであと何日この命を繋げるだろう。


 言いようの無い不安に襲われ、カヤは自らの膝を強く抱いた。


 こんなはずじゃなかった。本当なら今ごろ満ち溢れんばかりの希望に胸を躍らせ、意気揚々と旅を続けているはずだった。


 それなのに間抜けな事に人攫いにあって、僅かな金貨が入っていた荷物すらも、盗られたのか落としてしまったのか、もう手元には無い。


 願わくば、こんな国から出てしまいたいのが本音だ。しかしこの国を出た所で、すぐに野たれ死ぬのが関の山だろう。


 仕方ない。旅の準備が出来るまで、この見知らぬ国で生きていくしかないようだ。


 気が重くなり、カヤは膝小僧に顔を埋めた。

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