第6話

「そのような人生は、生きながら死んでいるのと同じです」


 カヤは翠様の視線に負けないよう、きっぱりと言い張った。翠様は更にじっとカヤを見つめると、小さく微笑んだ。


「なるほど。それがそなたの選ぶ道か」


 翠様が穏やかに言った。失礼なはずのカヤの態度に怒りもせず、笑みすら見せるとは、なんとも掴みどころのない女性だ。カヤが警戒していると、ふと翠様の表情から笑みが消えた。


「稀に長い年月をかけて、樹液が宝石になる事があるらしい」


 ざり、と乾いた音がした。そのか細い指がカヤの髪を擦ったのだ。交わった視線が、あっという間に絡めとられる。次の瞬間には、捕まっていた。


「一度だけ目にした事があるが、そなたの眼によく似ていた。面白いと思わないか? 本来なら価値のないものが宝石になるなんて」


 底の知れない夜の色がカヤの意識を引き摺り込んでいく。視線を逸らしたい。でも逸らせない。ぴくりとも動けない中、カヤは馬鹿な事を考えた。


――この人の眼こそ、まるで宝石みたいだ。



「意志のあるところに、道は開く」


 囁くように言った後、翠様はカヤの髪から手を離した。


「そなたのような娘の小さな意志も、いつかは道を開くやもしれぬな」


 そう言い残し、翠様はカヤに背を向ける。そして未だ膝を付いている膳に向かって口を開いた。


「膳よ。すまぬが、この娘に新たな住処を見繕ってやってはくれぬか」


「住処でございますか? しかし、この娘は私の屋敷に住まわせようとしておりましたが……」


 膳が戸惑ったように言った。


「この娘ほどの威勢の良さがあれば、一人でも十分に生きていけるであろう。それに、そなた達は人としての相性が少しばかり良くなさそうだ。離れていた方が互いの為と言えよう」


 養子の件が嘘なのだと知ってか知らずか、翠様はあくまで穏やかな調子で言った。


「しかし……」


 納得いかない様子の膳が、カヤをちらりと見やる。とは言え、翠様にカヤの存在を知られてしまったこの状況では、もうカヤを商品として扱えないと判断したのか、やがて「畏まりました」と頭を下げた。


「出自は存ぜぬが、これでこの娘は今日から私の民だ。他の民と同様、平等に扱うように」


 そう言い残した翠様は、こちらを一度も振り返る事もなく、タケルを引き連れて去っていった。


 やがて辺りに喧噪が戻り始め、村人達は祭りは終わりだと言わんばかりに、徐々にその場から離れて行ったのだった。

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