第5話
ぼんやりとしているカヤの前で、その女性はゆっくりと口を開いた。
「――そうか。ならば責任をもってその娘の面倒を見るといい」
あれ、思ってたのと違う。夢見心地だったカヤの意識が、ぱちんと泡のように弾けた。
「はあ?」
思わず口から飛び出した驚嘆の声に、その場の視線が一気にカヤに集まる。しかしカヤは憤慨しながら翠様とやらに詰め寄った。
「ちょっと待ってください、それは無いんじゃないですか?」
「おい娘、翠様に近寄るでない、下がれ!」
すぐさま伸びてきたタケルの腕が、カヤを翠様から引き離した。
「離してください! ねえ、貴女はこの国の偉い人なんでしょう? この国では人の売買が許可されているんですか?」
「許可されているわけなかろう! 第一お前は養子なのだろうが?」
翠様の代わりにタケルが半ば叫ぶように答えた。
「どう見たって嘘でしょう! 縛り上げられてるのを見たらすぐに分かるのに、なぜこの男を疑わないの?」
「翠様は民を心から信じておられるのだ。それに先程、お前のような娘の面倒もしっかりと見るようにと膳に仰っていただろう? 翠様のご寛大さに感謝しろ!」
ご寛大さに感謝しろ? カヤは耳を疑った。
「人の本質も見抜けないような人に、感謝なんて出来るわけない!」
「なにぃ?」
「それとも、単に面倒な事から目を背けているだけなの? その場限りの優しさで民意を集めるだけなら、誰にだって出来るでしょう!」
「お、お前……!」
タケルが愕然とした声を上げた時だった。
「ふっ、ふふ、あははは!」
軽快な笑い声に、言い争っていたタケルとカヤは動きを止めた。翠様は口元を袖で隠しながら、くつくつと肩を揺らしていた。
「命知らずな娘だな、そなたは」
翠様はまだ口元に笑みを残しながら、カヤを興味深そうに見つめている。そして、ふとその視線が、カヤの金の髪をなぞった。
「翠様っ」
タケルが驚きの声を上げた。翠様がカヤの髪を手に掬ったのだ。
「金の髪か」
翠様はカヤの髪を物珍しそうに眺めた後、カヤの瞳をじっと見据えた。
「それに、金の瞳。このような目立つ身なりでは、どこへ行っても苦労するだろうな」
同じ女性のはずなのに、翠様はカヤよりも随分と背が高かった。完璧な造形の瞳が、美しく弧を描くのを、カヤは金縛りにあったように見つめていた。
「いっそ、どこぞの金持ちの妾にでもなれば楽なのではないか? きっと一生守ってもらえるであろう」
無意識に呼吸を止めていたカヤは、そこで初めて翠様に対してムッとした。それは遠まわしに膳の事を言っているのだろうか。そんな人生、死んでもご免だ。
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