KAC20252 罠

久遠 れんり

あこがれの彼

 それを知ったのは、本当の偶然。

 部室の机に、ポンと取り残されたタブレット。


「あれ? このタブレット、いつも立垣君が使っている奴じゃない」

 私は思う、これは人のもの。

 見てはいけないわ、心愛こころ……


 私は速やかに、周囲を確認をして、タブレットをタップ。

「くくくっ、ロックされてもいないとは、なんという情弱。セキュリティに対して警戒心がなさ過ぎよ」


 彼の深淵、心の嗜好を探るべく、私はスクリーンの奥へとダイブする……


「つまらない。小説ばかりじゃない。それも古典を網羅。文学少年のような本ばかり」

 だけど、縦書きのエディタを開くと、彼の書いていた話が綴られていた。


「こっこれは……」

 大人気シリーズの小説、暗黒心理シリーズ、深淵編。



 人の心の闇、そこから発生する事件を解決していく心理もの。

 犯人と、今回は自称便利屋さんの戦いが書かれた傑作。


「隣のオッサンは覗いていた。だわ…… ああ、きっと写経ね」


 そう思ったのだが、これって読んでいない。

「二次創作なんだわ。いけないわね。でも、ストーリーは良くある話だけれど、オッサンが浮気調査のために仕掛けたカメラや盗聴器に殺人の現場が…… ここから、奥さんの隠されていた過去とかが曝かれていき、旦那さんもなの? 旦那さんは止めてほしくて便利屋さんに依頼をしたという、心の葛藤。ふむふむ。なるほど、これはおもしろい」


 そうして、彼の隠された性癖は発見できず、小説を堪能しただけだった。


 だけど数日後、その話しがアップされていた……


「これは…… そうか、そうだったのね」


 謎に包まれた作者、闇狩人 光その人は立垣 光たてがき ひかる君だったのね。


 それから、彼を調べ始める。

 非凡な彼は、中学校の時に小説投稿サイト、カクナリ・ヨムナリで賞を取り現役の小説家となった、きっとお金持ち。




「先輩」

 そう言うと彼は困惑をする。


「信田さん。なんで先輩? クラスメートだし、だぶっているみたいだからやめて」

 彼はそう言っているのだが、私は知っている。


 うふ、うふふふふっ。

 無論この文芸部に所属をして、非凡な作品を書く人。尊敬をしているし、あこがれの存在でもある。


 だから私は、彼をなんとしてでも落とす。

 私の未来のために。


 信田 心愛した こころ十七歳。高校二年の秋に決意をした。


 だけどさあ、いざ告るとなれば勇気が要る訳よ。

 彼はひたすら嬉しそうに、タブレットに向かって文字を打っているし……


 文芸部は、幽霊部員ばかりで、文化祭が終われば誰も来ない。

 シチュエーションとしては、最高なんだけどね。


 私は基本、比喩表現満載の描写が好きで適当に書いているし、彼はミステリーが好き。

 接点がありそうでないのよね。


 悩んだ末に、彼に聞いてみた。

「立垣くん。君ってどんな女の子が好きなの?」

「えっ? 女の子?」

「そう……」

「今あまり興味が無い」

 それを聞いて驚く。


「男が好きなの?」

「いや、それは違う」

 意外ときっぱり否定された。


「その、ぼくって暗いしモテないからね。望む願望とかを書いているだけだし」

「心理描写とかは? 結構深く書くでしょう」

「それはほら、他の先輩達が書いたものがあるじゃない」

 そう言われてみれば、この年で人生経験が豊富な人など居ない。


「あれ? 信田さんて、僕の作品そんなに読んだことがあったっけ?」

 文芸部で作った冊子は、先生受けを狙ったエッセイとかが多い。

 テストにも有効なので、お勧めされている。


「それはその、なんとなく」

「ふーん。信田さんは、最近どんなのを書いているの?」

「えっ私? 私は最近筆が進まなくて……」

 どこかで、今がチャンスだ、あなたのことが気になって書けないのとか言えば話しが繋がる。言え言うんだ。


「いえぇー」

「どうしたの突然?」

「へっ」

「イエイとかって」

「あっいえ…… あー、あにゃたのことぎゃ……」

 言えない。私もどちらかと言えば社交的ではない。


 出来るなら、今頃クラスの中で友達だっているはずよ……

 そう、私もどちらかと言えば残念な人間。

 妄想を文章にしていたタイプ。


「あーあのね。立垣くん。私と付き合いませんか?」

 決意して告白をする。


「付き合う?」

「どこの店とか、ベタなことはいわなくて良いから、その男女…… 懸想…… 恋人として」

 そう言うと、彼は真っ赤になる。

「本当に」

 そう聞かれて頷く私。



「えーと、どうして僕?」

「そりゃやっぱり…… 私たちって特殊な趣味だし、他の人よりは趣味が合うでしょう」

「あーうん。それはそうだね」

 彼はそう答えながら、心の中で笑みを見せる。


 これで、写実的な描写ができる。

 あれは小説の中で描写するのに、経験がないために困っていた。


 男と女の絡み合い、動画とかで見る事が出来ても、心の機微や葛藤。体温や匂い。感覚。

 それらは、経験をしないと判らない。


 そのため、心愛に目を付けた。

 彼女は、そう、俗物。

 自身の興味が向けば結構突っ走る。

 まあ、興味を引きそうな餌を撒けば、きっと釣れるだろうと。


 自身の勉強のために、彼は作戦を実行をした。


 そして、彼の餌に、彼女はぱっくりと食いついてしまった。

 この先、幸せになるのかは不明だが、彼の糧として、すべてをさらけ出すことになる。


 自分の欲を満たすための、軽慮浅謀けいりょせんぼうな行動はすべて彼の手の平。


 彼女が呆然としたのは、数年後彼のタブレットを、再び覗いたときであった。

 そこに書かれていたのは……

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