第15話

海くんの弟の陸くんから、俺がドレス着せてやろうか?って言われたのは、それから半年後くらいだった。


ほんとに?ドレス着たいなあ、って冗談半分で言ったら、陸くんはその日の内に役所で婚姻届けを貰ってきた。


言われるがまま自分の名前を書いて、それから陸くんは私の実家に行って、玄関先でパパとママに向かって土下座した。



申し訳ありませんでした、って陸くんは謝っていた。


僕の兄が大切な娘さんを傷付けてしまい大変申し訳ありませんでした、って、何度も何度も。


婚約が破談になったの時の話し合いが揉めて、私のお家と陸くんのお家は、親戚同士なのにほぼ絶縁状態に近かった。



私はビックリして、止めて、って言ったけれど陸くんは謝るのを止めなかった。


ようやくパパが家の中に入りなさいって言ってから、膝の汚れを払って、丁寧に靴を脱いで家の中に入った。


私は陸くんに言われて、妹のみーちゃんの部屋でお話が終わるのを待っていた。



3人がどんなお話をしたのか、陸くんは今も教えてくれない。


でもお話し合いが終わって呼びに来てくれた陸くんと一緒にリビングへ降りると、パパは難しい顔をしていて、ママは真っ赤な目をしていて、それでもちゃんと二人が婚姻届けの証人の欄に署名を書いてくれたから、きっと陸くんが説得してくれたのだと思う。



けれど、陸くんは婚姻届けを出さなかったし、私とお付き合いもしなかった。



ねえ、本当は知っているんだ。陸くんが頑なに私と結婚しないのは、お金の問題じゃない。


だって陸くんは言っていた。全部の項目を書き終わって、判子も押して、後はもう提出するだけの婚姻届けを私に見せながら、言っていた。



お前が他人よりも自分を大事にできるようになって、ちゃんと『大切の仕方』を理解できる日まで、結婚もしないし、付き合いもしない、って。


ただ俺がお前と一緒に住むから、もうお前がアホな事しないようにだけは見張っててやるって。


だから頑張れ、って。


お前のために頑張って変われ、ひなた、って。

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