第5話

「寝るから結婚しよ?」


「まだ言ってんのか」


「だってー……」



別に私だって、考え無しに結婚しようなんて言ってるわけじゃないんだよ、陸くん。ちゃんと深い深い理由があるんだよ。


私が落ち込んだ声を出すと、チラリとこっちを見た陸くんが「なんだよ」って訊いてくれた。



「あのね、結婚式でさ、花婿さんが花嫁さんのベール持ち上げて誓いのキスするでしょ?」


「はあ」


「その時、陸くんに間近で顔見られるでしょ」


「だろうな」


「だったら少しでも若い私を見て欲しいじゃんかあぁああぁぁ!」



蹲って咽び泣く私に、陸くんが「訊いて損したわ」と冷たく吐き捨てる。


興味なさそうだね。でも陸くんは良いよね。私より年下なんだもん。この恐ろしさは陸くんには分からないよ。



「陸くん気付いてないかもしれないけど、わたし四捨五入したら三十路だからね!?うわっ、こいつ老けたなとか思われたくないじゃん!?ほうれい線濃くなったなとか思われたくないじゃん!?眼の下の皺にコンシーラー溜まってんなとか思われたくないじゃん!?しかも絶対チャペルなんて明るいじゃん!?私の皺の1本1本まで綺麗に照らされるじゃん!?わたし、陸くんにそんなこと思われたらショックで倒れちゃ……わっぷ」



バサッという音と共に、視界が真っ白に染まった。顔を撫でるパイル生地の柔らかで、すぐに陸くんが畳んでいたバスタオルを頭から被せられたのだと分かった。



「もー、陸くん……」



文句を言いながらタオルを退かそうとするよりも早く、目の前に垂れ下がっていたタオルの端が外界から持ち上げられた。


何にも染まっていなかった視界が丸く切り取られて、その先に陸くんが居た。


陸くんは私を見ていた。まるで狭く思える世界の中で、どうしようもなく閉じ込められている私を、大切に見守るみたいに。

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