第3話
「やめとけ。お前の畳み方だと皺になんだよ」
「ぬぁ」
私からエプロンを奪った陸くんは「あっち行ってろ」と言って、ビブエプロンを横半分に折る。今度は縦に折って、それからもう1回横に折る。
その上から掌で丁寧に皺を伸ばして、ぺろっとはみ出た紐は綺麗な蝶々結びにしてから、タオルの山の隣にそっと置いてくれた。
一緒に住み始める時に、家事はぜんぶ私がするって宣言したけれど、陸くんは首を縦には振ってくれなかった。
私が洗剤の量を間違えて、洗濯機から泡が吹き出しちゃった事を知っていたからかもしれない。
それとも、掃除機をかけた時にパパの大事な書類を吸い込んでぐしゃぐしゃにしちゃった事を知っていたからかもしれない。
もちろん私は粘った。粘って粘って粘りまくって、でも結局は陸くんに言いくるめられるようにして、料理は私が、洗濯と掃除は陸くんが担当する事になった。
そんな指切りをしてから今日に至るまでの1年間、陸くんは見事にタオル1枚すら私に畳ませてくれない。
陸くんの私に対する信用度はゼロだ。
悔しいような情けないような焦れったいような気もするけれど、でもこうやってちゃんと角と角を揃えて綺麗に畳まれているタオルを見ると、お前は陸くんに畳んでもらえて良かったね、って思うから、多分これで正解なのかもしれない。
「わたし、陸くんのタオルの畳み方、すごく好きだなあ」
「そりゃどうも」
「あとね、タオルの折り目が見えないように片付けてくれるところも好き」
「タオルから離れろよ」
「あっ、ちゃんと陸くんの顔も好きだよ?」
「訊いてねえわ」
「それからねえ、陸くんの匂いも好き。耳の後ろの匂いとか、頭皮の匂いとか、爪の間の匂いとか」
陸くんの匂いを嗅げる場所はたくさんあるけれど、私はそんな風にシャンプーとかボディーソープの香りに邪魔されない場所が良い。
もしも私の眼が見えなくなって、耳が聴こえなくなっても、匂いだけで陸くんが分かってしまうくらい、陸くんそのものの匂いが好き。
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