児童書として書かれていて、確かになるほど、小学校高学年くらいの子に人気の作風です。
ちょっとオカルトが入ってるの、あの年頃の子供に人気があるんですよね。
不思議な神社に、不思議な子供二人。
満月の夜にしか現れない、願いを叶えてくれる「ユメカイ」。
不思議で、ちょっと怖くて、魅力的なスタートです。
彼らは「ユメ」を買って、「願い」をかなえてくれる。
でも、ただそうしてくれるわけじゃない。
試練もある。
ノーヒントな上に、自分がユメを売った事も忘れてる状態で、正しい選択ができるのか。
普段からまっとうに生きてきた人なら、あるいは?
自分がこんな状況になったら、どんなユメが出るのだろう。
心の底に沈めているユメだろうか、それとも普段からぼんやり思っている平凡なユメだろうか。
それを失ってもいいと思うほどの願いって、何だろう。
選択を迫られた時に、正しく選べるのだろうか。
もし、を考えながら依頼者たちの視点を読んでいる間に、「ユメカイ」の側の事情が少しずつ明らかになっていきます。
ストーリーが二つ同時に流れているんですね。
ここがとても上手い!
依頼者たちの姿を見ながらユメカイたちも成長していて、自分たちの問題にも向き合います。
短編と長編のよさを両方楽しめる、見事な構成。
物語の面白さだけでなく、プロットの巧みさも楽しめる、素晴らしい小説です!
【レビューコンテスト応募】
とある神社の池には、古くから言い伝えがありました。満月が丸く映り込む夜に、願い事を唱えれば、二人の子どもが現れて、依頼者の願いを叶えてくれるのです。
二人の子どもは、ユメカイ使いの影斗と、鬼道使いのあかり。ユメカイ使いは、依頼者のユメという将来の夢や希望と引き換えに、願いを一つ叶える役割を担っていて、鬼道使いは、カラスや猫などの動物に憑依する力を駆使しながら、依頼者が夢を諦めずに最良の選択をする手助けをします。光と影のような表裏一体の力を持つ二人は、満月の晩が巡るたびに、さまざまな依頼人の願いと向き合います。
人間関係の悩み、利己的な望み、勇気を試される瞬間……私たちが大人になるまでに通り過ぎていった出来事や感情が、物語のいたるところに散りばめられていて、悩める子どもたちの言葉を通して、鮮やかに蘇ってきました。
あのとき、こうしていたらよかった……と後悔するときが、誰しも生きていたら必ずあると思います。この物語の中にも、そんな痛みが描かれていました。そして、転んだときの立ち上がり方も。子ども向けのお話であっても、世界の暗がりから目を逸らさない力強さから、作者さまの覚悟と読者への真摯さも感じました。
どんな闇の中にだって、光を見つけられるのだと信じたくなる、読み応えのあるお話でした。面白かったです!
真夜中のとある神社には、「池に満月が映り込む瞬間に願いを唱えれば叶う」という不思議なウワサがあります。いかにもな内容で、きっと現代クールな小学生たちでも気になっちゃう、ミステリアスなそのウワサ。でも実際に子どもがひとりで真夜中の神社へ赴くなんて、相当な覚悟が必要ですよね?
そんな覚悟を抱えて神社を訪れる、小さな依頼人たち。
彼らの強い願いに応えて現れるのは、不思議な羽織すがたの子どもたちでした。
そして彼らは問うのです。君は願いのために、大切な『ユメ』を売れるか──と。
*
本作は1章ずつ主人公が変わる、短編連作方式。気になる章からどうぞと言いたいところですが、章の順番にも作者さんのこだわりが見えるのでぜひこのまま読んでいただきたいです。
さて不思議な二人組に伝えた願いですが、これが待っていれば叶うというものでもないのが面白いところ。そのチャンスを活かすか捨てるかは、願いのあとに訪れるという「大きな選択」にかかっているのです。ひえー、読んでいるこちらまで緊張する!(笑)
児童向け作品というだけあり、すべての視点が子どものものとなっています。たくさんのメディアに囲まれた現代の小学生らしい賢さはあれ、やっぱりどの子もまだまだ子ども。寂しさを恐れ、意地を張り、わがままで、いじらしい。そして大人と同じように悩み、迷っています。思った以上に、あるいは時に大人よりも難しい考えを巡らせていることがあるのだと感じずにはいられません。
神様の使いっぽい二人組にラッキーすぎるチャンスをもらい、なんやかんやあってもすべてをゲットしていくというご都合主義のお話ではないので、そこだけは覚悟して読んでいただきたい作品。といっても怖がることはなくて、どの章もまさに『なるべくしてなった』というオチがついてきます。甘い夢を見ることは子供の自由のひとつですが、現実に叶えられるかはまったく別の問題であることが静かに伝わってくるお話ばかりです。厳しいようでいて、これもまた現実。
けれど最終章では不思議な二人組ーー影斗くんとあかりちゃんの一族が負う使命が表に出ることになり、胸をアツくする展開が待っています。たくさんの依頼人たちの『ユメ』を見つめ続けたふたりが対峙する、残酷な運命。普段はクールな影斗くんが心に秘め続けてきた、真摯な『ユメ』とは……?
夢と向き合うことは、自分を見つめること。そして生み出すのは、次へと進む力。ビターさと希望が交錯する、深い物語だと感じました。ぜひ子どもさんに、そして大人のみなさんにも読んでいただきたい作品です。
「大きくなったら◯◯になりたい」
「◯◯で有名になりたい」
子供の頃、将来の夢があった人も多いことでしょう。
大人であっても、成し遂げたい大きな夢を持っている人もいるかもしれません。
だけど、今すぐにでも叶えたい願いがあって、夢を諦めることでその願いが叶うのだとしたら。
あなたは、何を選びますか?
本作は、影斗くんとあかりちゃんという不思議な力を持つ二人の子供が、依頼者のユメを「買う」ことで、願いを叶えるチャンスを与えるお話です。
ポイントとなるのは、必ず願いが叶うわけではなく、「依頼者にチャンスが与えられる」ということ。
このルールによって依頼者は重大な選択を迫られることになり、どのエピソードもハラハラドキドキの展開になっていきます。
すごいなと思ったのは、二つ目のエピソード。
こうしたテーマのお話で、綺麗事にまとめることをせず、あくまでシビアな結果を貫いた。
世の中、因果応報です。大人でも子供でも。絶対に間違えてはいけない局面はあるものです。
それを児童向けの物語として描き切ったのが素晴らしいと思いました。
ある望みを叶えるためには、別の望みを捨てなくてはなりません。
ユメを諦めたとしても、自分にとって真に大事なものさえ忘れなければ——選択を誤らなければ、別の道が切り拓けるかも?
連作短編を貫くのは、影斗くん自身の秘密。なぜ彼はこのような役目を続けているのか。
彼の戦いを、ぜひラストまで見届けてください。
幅広い年齢の読者さんが楽しめるお話です。おすすめです!
ユメカイ。
自分の「ユメ」を売る代わりに願い事を叶えてくれる、という、ある種の神事、神業。主人公はこの「ユメカイ」を為す少年。しかし彼には隠された暗い過去があり……?
まずユメカイ、というシステムについて。
僕が理解した感じだと、「長期的な願望を手放す代わりに直近困っていることを解決する」という仕組みかなと思います。例えば、離婚しそうな両親をもう一度結びつける代わりに自分の将来なりたい職業への道を閉ざす、というような(第一章)。
しかし、ただ単に「願いを叶えてもらう代わりに長期的な願望(=ユメ)を手放す」というだけじゃなく、その後の自分の身の振り方で「もう一度ユメに向かって歩き出す」ことができるのがこの作品のいいところ。
例えば、現実世界の話。
右利きのピッチャーである野球少年がいたとします。彼は次の試合でどうしても勝ちたい(直近の願望)。これを叶えるために「将来プロ野球のピッチャーになりたい」というユメ(長期的な願望)を手放してユメカイを為したとします。これにより少年は試合中に右肩を壊し、試合に勝ちはしたものの「将来野球選手になりたい」という野望が叶わなくなります。
しかしここで諦めておしまいにするか、それとも左投手として「もう一度ユメに向かって歩き出す」かというのは当事者にのみ迫られる「大きな選択」なのです。
そう、本作では「ユメカイ」でユメを売買した人間に「大きな選択」が発生します。ここで選択を間違えると「ユメ」への道は閉ざされたまま、手放されたまま。それでももう一度自分のユメに向かっていく選択をすれば「また新たなルートでの夢追い」が可能になるというような仕組みです。
大人諸君、あなたにも覚えはないでしょうか?
一つの目標を叶えるためにはいくつものルートがあって、そのうちの一つが潰れてもまた新たなルートがある、と発見できたこと。
子供の皆さん、「物事に立ち向かう」というのにはそうした側面があります。例え目の前の道がなくなっても、新しい道を見つければ自分の行きたい場所に行けるということがあるのです。
本作は児童向けに書かれたとのこと。
でも大人も学ぶところがたくさんあります。
叶えたいユメがある人。自分の行きたい場所がある人。
あるいはそれを探している人。
そんな人たちに、読んでもらいたい作品です。
叶えたい『願い』はありますか?
私はそりゃあもうたくさんありますとも。
差しあたって、そうですね。本を出したいです。あわよくばそれがめっちゃ売れて、コミカライズだ、アニメ化だ、映画化だ、何なら実写化だ。グッズ制作、コラボカフェ、Pから始まるお絵描きサイトでは二次創作で大盛り上がり……、と。これくらいでしょうか。これくらいの願いはあります。強欲ですね。強欲なおばさんです。
さて、人間なら誰しも大なり小なりの『願い』を持っていると思うのですが、もしその『願い』が、自分の『ユメ』と引き換えに叶えられるとしたら、どうします?差し出しますか?
舞台はとある神社です。
その池に満月が映り込む時に願いを唱えれば叶う、という言い伝えがあるのです。
1~3章では、その言い伝えを信じて満月の夜にそこを訪れた人達のお話が展開されます。
願いを口にすると現れる二人の子どもが言うには、その願いを叶えるためには、自分の『ユメ』を差し出さねばならないというのです。差し出すということは、つまり、その『ユメ』はなくなっちゃうってこと?!そう思うじゃないですか。そりゃそうです。
「いや、これは児童向けのお話ですから、その辺の判定は甘めにさせてもらいます。なんやかんやで『ユメ』も失わないし、願いも叶ってハッピハッピフゥッフーです!」
なんてことにはなりません。それがこのお話のすごいところです。そりゃね、児童向けのお話なら幸せで優しいエンドがいいのかもしれません。でも、何もかもが不思議な奇跡によってどうにかなっちゃうばかりでもいけないと思うのです。そんなご都合展開も大好きですけど、この物語は、もっとハラハラで、ピリッとして、だけどその中にも希望が見えるような、「現実は辛いこともあるし、うまくいかないこともあるけど、自分の手で切り拓いていけるんだ」と勇気をもらえるようなお話となっています。
その『ユメ』を本当に手放すのか、それとも、その端っこをまだ少し掴んだ状態でいられるのかはその人次第。願いが叶いそうになる時、ある大きな決断を迫られることになるのです。そこでどんな行動をとるかがカギ。
とはいえ、本人にとっては、その時の行動こそが『正しい』わけです。そんなゆっくり「どちらにしようかな?」なんて選べるような時間はありません。決断の時は一瞬です。だからこそ、その人の根っこの部分が出る。だから結果として願いは叶っても、後で痛い目を見ることになったりもするのです。ああやっぱりお天道様は見てるんだな、なんて読んでるこちらも襟を正す思いです。善良に生きねば。
さて、そもそもなぜその不思議な二人は訪問者の『ユメ』を買い、願いを叶えているのか。これ以上はネタバレになってしまうので控えますが、ただただ、『ユメ』と引き換えに願いを叶える不思議な少年少女のお話ではありません。切なくて、悲しくて、だけれども、やっぱりその先にある希望だとか明るい未来を願わずにいられない、そんなお話です!
完結してますので一気にどうぞ!