第5話
とりあえず、タクシー乗ったけど、
これからどうしたもんかなぁ。
めっちゃ高くつくなぁ、いろいろ。
「……あの。」
ん?
「……わたしは、死ぬべきなのでしょうか。」
……は?
「……あなたも、そう思われますか。」
はぁ??
話が全然見えないんだが。
でも、この娘、
さっき、マジで自殺しかけたしな。
自殺者の論理なんて
頭ごなしに否定しないように、
ほんの少しだけ、首を傾げる。
「……わたしは、
わたしのいちばん大切なものを、
命よりも大切なものを、穢してしまいました。
もう、生きる資格などありません。」
……
この娘の一番大切なもの、か。
「……演劇、ですか。」
「!
……はい……。」
……
「……もう、ご存じですよね。
わたしは、穢れてしまったのです。」
全然存じ上げません。
なんなら、現時点の貴方に関する情報の9割はネットです。
あと1割は2時間ドラマの子役。
「……
わたしは、評価して頂いて、うれしかったんです。
わたしごときが、頂ける
もっと上手な人は、いっぱいいるのに。
うれしかったんです。
うれしく思っていいはずなんて、ないのに。」
……
あぁ。
ブルーブロンズ賞のこと?
え、候補って書いてあったけど、更新されてないのか?
「……
『おまえなんかが、貰えるわけがない。
おれがどんだけ注ぎ込んだか、わかってんのか。』」
……
おぅふ……。
それを本人に向かって言うのか。
エンクレーブ、めっちゃダメ事務所だな。
「……
いつ、だれが、そんなことを頼みましたか。」
……
って、言えなかったクチか。
やばそうな事務所なんだろうなぁ。
「……
私は、歴史と伝統ある映画賞を、穢してしまいました。
それだけではなく、そ、それだけではな」
「お客さん、
乗るんだか乗らないんだか、
どっちかにしてくれない?」
「!?」
あ、あぁ。
「と、とりあえず、
渋谷にお願いします。」
通学定期でいけるところを5000円飛ばすって
無駄の極みだけどな。まぁいいや。
「……。」
また、黙っちゃったな。
……
っていうか、芸能人向きじゃないよなぁ。
どういう理由であれ、名門賞を取ったんだったら、
それを弾みにしてもっとおおきい役を獲るぜ、
批判なんて来て当然、どんとこいって性格じゃないと
あんなヤクザな世界、生きていけるわけがない。
なんてこと、いまは言う必要もなく。
「弦巻明さん。
ご存じですか。」
「ぇ……
……は、はい。
その、何度か、お仕事をご一緒させていただいて。」
ふむ。
やっぱり、眼をつけてるわけか。
ほんと、如才ないなぁ。
「彼の人物批評眼を、
貴方はどう御覧になっていますか。」
「……
そう、ですね。
一見、飄々としてらっしゃいますが、
なんていうか、鋭い眼をされるときがあります。
そういう時、とっても怖いです。
大俳優さんと接しているような怖さがあります。」
……この娘、声が丸くて、話し方もマジで上手いな。
ただの日常会話なのに、うねるような響きに惹き込まれる。
あぁ。
やっぱり、そういうことか。
「そのとっても怖い方が、
貴方のことを、非常に高く評価されてましたよ。
いまの日本で、間違いなく五指に入る若手女優だと。」
「!」
どさくさまぎれに朱夏の奴も入れてるわけだが。
一応、婚約者だしな。期間限定だけど。
「貴方が見ている時や、貴方の関係者がいる時ではない。
リップサービスではなく、貴方を高く評価しておられました。」
「……ぅ、嘘です。
そんなこと、一度も。」
「育ってほしいからですよ。」
「……っ。」
「できない子は、褒めてその気にさせる。
できる奴は、徹底的に叩いて鍛えろ。
彼より上は、そういう世代の人です。
彼自身はそこまでではないにしても、
その世代の常識の中にいる。
貴方の所属劇団でも、
座長はめったに褒めたりされないでしょう。」
「……
…………はい。」
「あの世代の男性は、優秀な人間を前にして、
本人を褒めることはほとんどないんです。
褒めたら、それで満足して堕落する。
だから、褒めない。
伸びる人間は、褒めてはいけない。
なぜなら、完璧な演技など存在しないから。
もっとできることはあったはずだし、
もっと上手な人はいるはずだ。
その心意気を、その内側から燃える探求の炎を、
褒める、という安易な行為、
自己満足的な権力行為で水を差したくない。
そう、考えるわけですよ。」
って考える求道者チックな
あやうく部活一つ潰しかけて、部長をクビになったけど。
ほんと時代錯誤なやつだよなぁ、なにもかもが。
「で、でも、
し、しかしっ。」
「それに。
貴方はもう、死ねませんよ。」
「っ!?」
「死ぬには勢いがいるんです。
あるいは、現実と非現実の境界線が
極端に薄くなっている瞬間が必要です。」
僕も、少なくとも二度、強い希死念慮を持った。
一度は、成功しかけた。
そして、
目の前の彼女も、
一度、成功しかけてしまった。
でも。
「貴方はもう、まともになってしまっている。
残念かもしれませんけれど、
貴方はもう、戻ってしまわれたんですよ。
四苦八苦しかない、この現世の側に。」
「……。」
「次の死ぬチャンスを待つには、
貴方はまともすぎる。
むしろ、貴方はずぶとくあるべきだ。
貴方の生来の才能に、ふさわしく。」
「……私には、才能なんて」
この娘のこと、なんも知らないんだけど、
ごく普通に考えてしまうなら。
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