あこがれの翼 〜竜に乗る【KAC20252】
🌸春渡夏歩🐾
竜(ドラゴン)が好き!
今日は王立魔法医術学校の卒業式だ。
「それでは、諸君の今後の活躍に期待している。卒業おめでと——」
「わぁっ!!」
校長の長い訓示が終わりきらないうちに、その語尾は私達、卒業生の歓声によって、かき消された。
青い空(これは大講堂の天井に魔法で描かれたものだ)に学帽が舞う。
昨年、在校生として見送る立場だったときには、帽子を投げあげるこの風習が理解できなかった。
なぜなら、投げたあとすぐに、帽子は魔法でまた持ち主の手に戻るから。
今ならわかる。
とにかく無事に卒業を迎えられた達成感、解放感、高揚感といったこの気持ちを発散させたい! ということ。
「サンドラ、今までありがとう!」
私は隣にいる彼女に抱きついた。
「ナディア。私こそ、だよ。一緒で楽しかった!」
サンドラも、ぎゅっと抱き返してくれた。
全寮制のこの
幼馴染でもある
卒業後は、御両親の医術院を彼と一緒に手伝うサンドラ。これからは別々の道を歩くことになる私達。
卒業を喜びあう喧騒の中、誰かがトントンと私の肩を叩いた。
「感慨に浸っているところを申し訳ないんだが」
ふりむくと、学生課長が立っていて
「ナディア・ミランさん? 事務室まで来てもらえるかな」
「今、ですか?」
「緊急の案件があってね」
……なんだろう?
「サンドラ、先に行ってて」
「行ってらっしゃい。卒業パーティーの会場で待ってるね」
私の未来が大きく変わった日だった。
◇◇◇
子供の頃に読んだ大好きな本がある。
夢中になって読んだ。
キラキラした鱗、美しい翼、神秘の瞳、何より高い知性と強さを合わせ持つこの生き物の素晴らしさに、私はすっかり魅せられたのだった。
飛竜には数多くの種類があって、たくさんの人を乗せられる大型種より、私は小型翼竜が好きだ。
竜使いになりたい!!
その背中に乗って、自由に空を飛びまわりたい!
強くあこがれた。
けれども、その願いは成長するにつれて、口にする前に、かなわない夢なのだとわかってしまった。
王宮の竜騎士団、俗に言われる竜使いとなるためには、
竜使いは、代々、ホーガン家あるいはクロイツェル家の出身者でほとんどが占められ、「竜使いの二大名家」と言われている。
私のような竜と接点のない平民が選ばれる機会など、なかったのだ。
他に何か竜と関われる職業はないものか……。
あった……! ひとつだけ。
王立魔法医術学校 竜族種研究科。
ここで学べば、竜族種の研究ができ、竜の医術師となれる。
しかし、簡単に誰でも入学、卒業できるような学校ではなく、難関だった。そのうえ、経済的援助が見込めない私は、特待生として、なんとしても優秀な成績をおさめる必要があった。
竜のためなら!
座学の成績は良かった。問題は実技だった。小柄な私は実習で散々な目にあった。
例えば、竜の卵詰まりを治療する実習。差し入れる私の腕は短くて、奥まで届かない。卵が触れない。
「何をしてる? 届かない? 頭まで突っ込んだらどうだ?」
底意地の悪い教官の声に、思いっきり肩まで入れたら、今度は腕が抜けなくなった。他の生徒達に引っ張り出してもらったが、あやうく高価な擬似模型を壊すところだった。(弁償なんてことにならなくてヨカッタ)
実際の現場では補助器具がある、と知ったのは、あとになってから。
小柄だからという利点?
身体が小さいからわずかな隙間に潜りこめる、手も小さいから治療の際にきっと役立つ……と、思いたい。
その他、椅子の用意が足りなくて、ずっと立ちっぱなしでいたのに座っていると思われたり、「ああ、そこにいたのね。見えなかったわ。小さくて」と、存在を忘れられることは
何の後ろ盾も持たない平民出身の私への風当たりは強かった。
前日は興奮して眠れないくらいだった竜の騎乗体験。
いちばん小型の翼竜でさえ、足が届かないっ!
自力でまたがることができずに、竜の背に押し上げてもらったものの、足置きに届かない足がブラブラしていた。後ろに同乗する教官の失笑が、背中越しに伝わってきた。
風を切り、滑空する竜。
眼下に広がる大地の風景。
ああ、竜の背に乗って、空を飛ぶ素晴らしさ!
私のあこがれた世界、手の届かない世界がそこにあった。
卒業後の進路は竜の生態を研究する施設に内定し、私は期待に胸をふくらませていたのだ。
これからは思う存分、竜についてさらに詳しい研究ができる! はずだった。
しかし……。
◇◇◇
「ええっ?! どういうことですか?」
学生課長から告げられたのは、内定取り消しだった。
次年度の研究予算が通らずに、新卒採用を見送るとの知らせがあったのだと。
配属先が変更となり、示されたのは『第十三竜騎士団の専属医術師』。
これを断ったら、今まで免除されていた授業料その他全ての経費を返還しなければならなくなる。
無理……。絶対、無理。そんなお金があるわけない。
私の前に開いていた希望に満ちた世界への扉が、音を立てて、閉じられていく気がした。
事情を話すと、サンドラは興奮気味だった。
「第十三竜騎士団? すごい! すごいよ!! それって、あの『
「有名なの? その人?」
「あー、ナディアは竜にしか興味がないからなぁ」
あきれた様子のサンドラ。『緋色の戦姫』と言えば、特に女性の竜使いの間ではあこがれの存在らしい。強く、美しい
◇◇◇
豪奢な金の髪、
拝命の挨拶をしたとき、第一印象は最悪だった。
(あとで聞いたところによると、そのとき彼女は酷い二日酔いだったらしい)
人生なんて、計画通りにはならないもの。
ここからはじまる新しい物語は、またどこかで語ることがあるかもしれないけれど。
—— 今はまず、ここまでで。
あこがれの翼 〜竜に乗る【KAC20252】 🌸春渡夏歩🐾 @harutonaho
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