第12話 デコレーション

「さてと、焼き加減はどうかな〜」


 ナオが歌うように言いながら立ち上がって、オーブンの様子を見に行った。


 部屋全体を満たす、ケーキ屋さんからするような甘くて良い匂いに鼻が誘惑され続けていた私たちは、ちょこちょこ付いていってオーブンを覗き込んだ。


「うーん。もうちょっとかなー」


「いや、もう良いんじゃない? すごく良い焼き加減だと思う! 」


「早く食べようぜ味見味見」


 ナオが私たちに軽いチョップを喰らわした。


「マフィンは逃げないよ」


 ナオの名言集を作って、表紙に「マフィンは逃げないよ」というセリフを挿入したいと思った。


 その後も、「そろそろ良いんじゃない? 」「まだ」「そろそろ……」「まだ」という風な会話を何回か繰り返してから、マフィンがようやくオーブンから出てきた。


 ナオがリビングテーブルに運んできてくれるそれを、なぜか拍手で迎える。


「味見してぇぜ〜✩」


「まず飾り付けして、余ったら食べてもいいよ〜」


「ならば全力で飾り付けをしなければ✩」


 フフッ、とナオはまた綺麗な笑みを浮かべた。 


「そういえば、これを渡す相手の話まだ聞いてないな〜」


「忘れてると思ったのに何で覚えてるんだ✩」


「忘れるわけな〜いじゃん」  


「いや、後ででいいだろう☆」


「ダメ、今じゃないと。お菓子作り、手伝ってあげたのは誰だっけ? 」


「んぐぅ」

 

 ユカは観念したように口を開いた。


「始まりは――――――――」


 その後ユカが照れながら語ってくれたことはとても興味深く面白いものだったが、クセの強い語尾のせいで分かりにくく、文字にすればまどろっこしいものだったので勝手にまとめさせていただく。


 なんとも、彼女は同じ図書委員会の先輩に恋をしたらしい。


 最初の印象はぶっきらぼうで、ちょっと怖いなと思ってたらしい。だけど、一緒に仕事をこなしていくうちにぶっきらぼうな表情の奥に隠された優しさに気づいてしまい……と。


 気づけばその人のことが頭から離れなくなってて、目で追いかけてしまうようになったのだとか。


「いや、でもまだ私が先輩のこと好きって決まったわけじゃ……」


 ユカの話し方は、普通の女子高生のようになっていた。でも、無理をしているわけではないだろう。


「や、もう大好きだってそれは」


「絶対、百パーセント、恋! 」


「そんなぁ」


 恋愛に疎い私でも、それは絶対に恋と言い切れる。それに、私は現実の恋愛をしたことがないだけで、少女漫画は人より読んでいるので恋愛の知識については豊富だと思うのだ。


「てか、なんでそんなに否定するん? 」


「だってさー、恋を定義するのって難しいじゃん」


 ユカはグダグダと語り出す。


「そのときの雰囲気に流されただけで、それはただの気の迷いかもしれないし、先輩は私と付き合っても楽しくないかもしれない。それに、そもそも想いを伝えたってオーケーされないこともあるから……、それなら、何もしない方がいいかなって」

 

 私とナオは同時にユカの肩を掴んだ。


「そんなことないから。ほんとに、自信持って」


 ありきたりな言葉だが、心から彼女の背中を押したくて、元気づけようとする私。


「ユカの価値が分かんないやつなんてみんなクソだから。こっちから願い下げだよ」


 ちょっと言い過ぎなナオ。  


「そうかなー。……私ね、昔同級生の男の子から告白されたことがあって。それで断っちゃったんだよね。その人のことが嫌いだったわけじゃないんだけど、なんか好きとか恋とかってよく分かんなくて」


 たしかにユカは言動はともかく顔は可愛いので男子の一人や二人くらいコロッといっちゃうのもわかる。


「それでその、そんなやつがいっちょ前に先輩のことが好きだのなんだの……。なんか色々不安になっちゃったんだよね……」

 

 何と言っても誰からも告白されたことなんてない身の上なので彼女の気持ちはよく分からないが、まあ要するに気持ちの整理がついていないということだろうか。


 ユカはマフィンの上にチョコチップクッキーをのせて、動物の顔をアイシングペンでかいている。


「それクマ? 可愛い」


 一方の私はピンクのペンで適当にセンスのないハートなんかかいている。もうちょっと素晴らしい創造力がほしかった。

 

 しれっとお店に売ってそうなクオリティの飾り付けをしていたナオが言う。


「でもさ、お菓子作って渡して、想いを伝えるって決めたんでしょ? 少なくとも、ユカは行動を起こした」

 

 ナオはバラの花のように飾り付けたチョコレートの最後の一片をのせた。


「それってすごいことだと、私は思うよ」


 照明のせいなのか分からないが、ユカの目に一瞬光が生まれたような気がした。


「……ありがと。頑張ってみようかな」


 ユカは照れくさそうに言う。


「その意気だ! 」


 やっぱりナオはすごいと改めて思った日だった。

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