第38話 ウル開戦

ヴェルリアと別れ、俺たちは森の奥深くを進んでいた。


「ウルの反応はこのあたりで出ているようだ」


ミラが地図を指差しながら小声で言う。木々の隙間を縫いながら、深部へと足を踏み入れていく。魔物の気配が濃くなるのが肌でわかるが、ミラの〈サーチ〉が正確に危険を避けてくれていた。それに加え、魔物の数が極端に少なく、静けさが空間を支配していた。だが、その静けさが逆に不気味だった。

一歩、また一歩と踏み出すごとに、空気が重く、魔素の濃度が跳ね上がっていく。


「……待て。この一帯、魔素が異様に濃い。警戒を強めて進むぞ」


ミラの声が低く沈む。姿は見えない。だが空気の圧が変わっていた。粘りつくような魔素の圧力が肌を刺し、呼吸すら重たくなる。

そして――森が突如、途切れた。


「おかしい……地図では、このあたりは木々が密集しているはず……」


爆風でもあったかのように木がなぎ倒され、半径十五メートルほどの空間がぽっかりと開いていた。


その中心に――それはいた。


息をのんだ。


以前の倍はある。黒く巨大な熊。地に伏したまま眠っているが、そこから放たれる魔素は異常だった。まるで空気そのものが歪んで見える。


その周囲には黒い羽が散乱している。喰ったのか? だが血の跡はない。まるで“存在ごと”吸収されたような、不気味さだけが残されていた。


「間違いない。あれがウルだ。先制攻撃を仕掛けるぞ」


即座に全員が構える。

『パワーショット』『パワーショット』『ファイア』『斬撃波』

ミラ、レオン、レレ、そして俺の攻撃が一斉に放たれる。


だが――届かない。


攻撃は、何か見えない壁に触れた瞬間、消えた。


「おいおい、マジかよ……」


ミラが苦笑混じりに空を仰ぐ。


「遠距離攻撃無効のスキル……。厄介すぎる」


そのとき。

ウルが、ゆっくりと――だが確実に目を覚ました。

のっそりと立ち上がる巨体。その一挙一動が、圧倒的な重力を感じさせた。


「寝起きの今しかないッスよ! 攻めるッス!」

『プロテクト』


アカネが自身にバフをかけ、先陣を切って突撃する。


「アカネ、待て、無茶するな!」

「……行くぞ陽也!」


エレナとミラの声に応じ、俺も走り出す。

『アンバル』『スロウ』

エレナのバフが前線へと重なる。


「レレ、レオンは後方支援! 負傷者が出たら即対応!」


ミラの指示が飛ぶ。即座に体制が整っていく。


――そして。


アカネの拳が、ウルに届こうとした、直前。


ウルが、咆哮した。


耳を裂くような轟音が空間を揺らし、脳を震わせる。

体が――動かない。まるで鎖で縛られたかのように、硬直する。


「避けろッ!」


ミラが叫ぶ。だが、アカネの体は動かない。

何もできないアカネにウルが突っ込んでいく。

鉄塊のような巨体が、アカネを真正面から吹き飛ばした。まるで車に撥ねられたかのように。


「アカネッ!」


思わず視線が逸れる。


「敵を見ろ、陽也!」


ミラの声が飛ぶ。

はっとして振り返った瞬間、ウルの右腕が迫っていた。


『カウンター』!


咄嗟に弾いた。だが力を殺しきれず、俺は地面へと叩きつけられる。

追撃が来る!


『カウンター』!


間にエレナが滑り込み、左腕を弾き返す。

その直後――空から影が降った。


『一艘飛び』『墜拳』


アカネだ。見事に復帰し、ウルの頭部へ一撃を叩き込む。

だが――効いていない。怯む気配すらない。


「無事か、アカネ!」

「これくらい、全然余裕ッス!」


一拍を置いて、ウルの背後に、ミラが音もなく現れる。

ステルス。魔素を抑えて接近していたのか――。


『ショットガン』


「ゼロ距離なら、少しは通る……!」


至近距離から放たれた攻撃が、ウルの毛皮を裂き、黒い血を滲ませる。

だが――致命傷には程遠い。


「やっぱり、こいつ……やばいな」


ミラの声が震えた。

そして、ウルが振り返り様に拳を放つ。

ミラが吹き飛ぶ。


「慌てるな! レオン、ミラのフォローに入れ!」


状況は、最悪に近い。

それでも、退くわけにはいかない。

ミラのもとへ駆け寄るレオンを横目にとらえつつ、ウルとの衝撃に備える。

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