第20話 新たな出会い

――生きてる?

頭の下に温かさを感じる。

まぶたの裏、揺れるような光。

鉄のような生臭さが現実を教える。


「陽也!気が付いた?」


「ああ、エレナ……ありがとう」


「……無事に帰ってきてくれて、ほんとに……良かった……」


見上げると、目を腫らしたエレナがいた。

その顔は、安堵で満たされていた。

俺をこんなに心配してくれるなんて、申し訳なさと嬉しさでむず痒くなる。

少なくとも前世では、こんなふうに自分のために泣いてくれる人はいなかった。


「動けそう? あれからもう少しヒールをかけて、表面的な傷は治ったみたいだけど……」


少し痛みはあるが、出血はもうない。動くには……おそらく、問題ないだろう。


「もう大丈夫だ。ありがとう」


「ホントに、無事で良かったよ……」


エレナがまた泣きそうになっている。

悲しみではなく、喜びの温かい涙がエレナの頬を伝う。

コミュ力が低いからどう対応したら良いか分からない……。

とても、気まずい……。


「死んでしまった冒険者のタグだけ回収して帰ってあげようか」


思わず話題をそらす。


「すぐそこだし、俺が取りに行くよ」


……うぅ、かなりグロテスクだな。1歩間違えていたら、俺もこうなっていたか。

遺体の横に落ちているタグの片割れを回収する。


街から離れた場所で遺体を回収することは基本無理であるため、タグを持ち帰り、ギルドで死亡報告を行うルールが定められている。遺体に手を合わせてから、エレナの側に戻る。


「さっき助けた冒険者は、無事なのか?」


「もちろん! 街道まで連れて行ったから、今頃は街道を通って街に戻っているはずだよ」


「だったら安心だな。ウルを回収したら、ギルドに戻るか。今日は2体しか狩っていないのに、なんかもう疲れた」


「うん! 一緒にギルドに帰ろう! 今日は陽也、大活躍だったし、街に戻ったらおいしいもの食べに行こうよ!」


ウルと戦っている時は、アドレナリンが出ていたのか恐怖は感じなかった。しかし今になって、死に直面した現実を認識する。

――死んでいたかもしれない。

実感が俺を恐怖にたたき落とす。


脳裏にウルの姿が焼き付いている。ロングソードをも砕く丈夫な爪、防具を貫通する力強い牙、地面が揺れたと錯覚するほどの咆哮、見つめられるだけで恐怖を感じる鋭い眼光。

……思い出すだけで、呼吸が荒くなる。

勝ったはずの記憶のウルが何度も俺を殺す。


「この街道まで来られたら、安心だね」


次の冒険にまた出られる自信が一切ない。いっそ冒険者を引退した方がいいのか——。

悩んでいる俺に気を遣ってか、エレナが話しかけてくれる。


「陽也、シルワの入り口のところ……誰かこっちを見てない? 気にしすぎかな?」


エレナ、ほんとに気を遣わなくていいよ……。

……ん?


「いや、確かに立ち止まってこっちを見ているな。森の中に入るのも危険だし、人影に注意しながら近づいてみよう」


正直、今は……誰とも戦いたくない。何事もなく帰してくれ。


「待って陽也。あれ、さっき助けた冒険者かもしれない。やっぱりそうだ。どうしたのかな、何かトラブルかな?」


近づくにつれて、二人の女性の姿がはっきりと見える。


「先ほどはありがとうございましたぁ〜」 「ありがとうございました!」


見たところ怪我もなく、本当に良かった。

ウルの前からこの2人が無事に逃げられただけでも身体を張った甲斐がある。


「どうしたの? 街に戻って休憩していると思ったけど」


「どぉ〜してもお礼がしたくてぇ……待っていましたぁ〜」


「うんっ! うちら、本当に助かったんすから!!」


おっとりとした女の子がゆっくりと話すのに対し、もう一人は元気に力強く答える。


「あっ、これぇ……回復薬ですぅ〜。効果が出るのに……30分程かかるのですがぁ……よければどぉ〜ぞぉ〜」


「ありがとう」


おっとりした冒険者から回復薬を受け取り、一気に煽る。

プラシーボ効果だろうか、身体の痛みが和らぎ少し気分が良くなったように感じる。

回復薬の効果は、増血剤だから本当に気のせいかもしれないが……。


「俺は陽也だ。エレナとパーティーを組んでいる。もしも言いにくければ、言わなくてもいいのだが、森で何があったか教えてくれないか?」


「大丈夫ですぅ〜。実は……私達5人パーティーだったんですぅ〜。深入りしてウルと出会った時に……囮にされちゃってぇ……」


「そう! うちら以外の3人が真っ先に逃げようとして、そのうちの1人がすぐにウルに捕まって……ちょうどその時に、陽也さんたちが来てくれたんすよ!」


少し混乱しているのか伝わりにくかったが、要は男3人がこの2人を放置して逃げようとしたところ、ウルが動いた方に反応して、そのうちの1人が食べられたってことか。


「そうだったのか……無事で良かったよ」


「もし良かったら、今度一緒に食事しない? おいしいもの食べたら、暗い気持ちもまぎれるし。ただ、今日は私も疲れちゃったから、後日で良ければだけど」


二日もあればこの世界なら回復するだろう。


「いいのですかぁ〜? お邪魔じゃなければ……お願いしまぁ〜すぅ〜」


「えっ、いいんすか? じゃあ、遠慮なくっ!」


もう1人の冒険者のアカネも乗り気そうだ。


「もちろん! じゃあ油断せずに街まで帰ろっか!」


こうして、残酷な現実を脳裏に刻みつつ、初めてのシルワとの戦いは幕を閉じた。

しかしその頃、誰にも気づかれぬまま――“静かに牙を研ぐ影”が、パーラへと迫っていた。


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