観覧者

第6章 鏡の中の真実

倉井恭司は、事務所の裏口から這うように遊園地の廃墟へ逃げ出した。足がもつれ、血まみれの手が地面を叩き、冷たいコンクリートに赤い筋を残した。観覧車の軋む音が頭の中で鳴り響き、プロジェクションマッピングの赤い光が地面を這うように追いかけてくる。遊園地の闇が風に揺れ、錆びた鉄骨が軋み、遠くでサイレンが鳴り響く。無線の声が断続的に聞こえ、「倉井恭司、観覧車付近を重点捜索！全員、慎重に進め！」と鋭く響く。冷たい汗が背中を伝い、目に入って滲みる。息が喉に詰まり、肺が焼けるように熱い。だが、逃げ道はない。遊園地の敷地が、俺を閉じ込める檻のように広がっている。

「自分の身に移り入った殺人鬼が、俺を追ってくる。」

その確信が、頭の中で膨らみ続けていた。X。連続殺人犯。あの冷たい目、薄い笑み、血に染まった手が、俺の体を乗っ取って動き出した。吉杉を刺したのはXだ。そして、俺を追い詰めるために、俺の顔で署にいる。俺の声で命令を下し、警察を操り、俺を容疑者に仕立ててる。あの笑い声が、俺の喉から漏れてる。あの冷たい目が、俺の目で俺を見てる。心臓が跳ね、胸が締め付けられる。俺は誰だ？俺は本当に倉井恭司なのか？

頭の奥が軋むように痛む。遊園地の光が視界の端でチラつき、赤、青、黄の原色が血の色に染まって見える。観覧車の軋む音が耳にこびりつき、金属が軋む音、風を切る音、そして――叫び声。どこかで聞いたことがあるような、遠い叫び声が頭の中で反響する。記憶が20代で止まっている。刑事学校を出たばかりの俺。正義を信じ、汗と埃にまみれて街を駆け回った若造。家族の笑顔、街の喧騒、同僚の声。それ以降が、霧に閉ざされたように曖昧だ。50歳の俺がどんな人生を歩んできたのか、どんな顔をしてきたのか、まるで他人事のように遠い。あの事故記録。「倉井恭司、生存者。事故後、記憶障害の兆候。家族の死を認めず、別人格の存在を疑う報告あり。」俺だ。だが、覚えてない。家族を失った。そんな記憶はない。

「知らない…俺の過去じゃない。」

呟くが、声が掠れて遊園地の闇に吸い込まれる。握り潰したファイルが、血まみれの手の中で震えている。掌に刺さる紙の感触が、冷たく、鋭い。あのスタッフ証。「吉杉隆一、イベントスタッフ。事故関係者へのインタビュー担当。」吉杉は俺の過去を知ってるのか？Xが吉杉を刺したのは、俺の記憶を暴かれるのを防ぐためか？頭が混乱する。フラッシュバックが現実を侵食する。観覧車の軋む音、ゴンドラが落下する音、家族の叫び声。「恭司！助けて！」血に染まった笑顔が、俺の目の前で崩れる。だが、その顔が浮かばない。知らない。覚えてない。心が軋む。胸の奥で何かが割れるような痛みが広がる。俺は誰だ？

倉井は観覧車の基部へ這うように進み、錆びた鉄骨の陰に身を隠した。光のゴンドラが地面に揺らめき、赤い影が俺を覆う。遊園地の廃墟が風に揺れ、ブースの残骸が軋む。遠くで警官の足音が近づき、懐中電灯の光が闇を切り裂く。だが、その先に、別の影が動いていた。

男だ。50歳くらい。コートを羽織り、ゆっくりと歩いてくる。顔が見えない。だが、その歩き方、肩のライン、掠れた息遣い。あれは…俺だ。俺の体だ。Xが俺の体で動いてる。あの冷たい目が、俺を見てる。あの薄い笑みが、俺を嘲笑ってる。心臓が跳ね、血が頭に上る。俺の体が、俺を追ってくる。俺の顔が、俺を殺そうとしてる。

「X…！」

倉井は血まみれの手を握り潰し、叫んだ。「俺の体を返せ！」

声が掠れ、遊園地の闇に響く。男が立ち止まり、顔を上げた。闇の中で、俺の顔が浮かぶ。50歳の俺。皺が刻まれ、目が落ちくぼんだ俺。だが、その目が冷たく、口元が薄く笑っている。Xだ。Xが俺の体で笑ってる。心が凍る。俺の顔が、俺じゃない。俺の目が、俺を見下ろす。俺の口が、俺を嘲笑う。

「お前が…俺を追ってきたのか？」

倉井は立ち上がり、男に近づいた。血まみれの手が震え、息が荒い。足がもつれ、膝が地面を叩く。だが、立ち上がる。男に近づく。男が笑う。低く、掠れた声。俺の声だ。だが、その声が冷たく、嘲るように響く。

「お前が俺を追ってるんだろ、倉井恭司。」

男が一歩近づき、闇の中で顔がはっきり見えた。俺だ。だが、俺じゃない。あの冷たい目が、俺を見下ろす。あの薄い笑みが、俺を嘲笑う。心が軋む。胸の奥で何かが割れる。俺は誰だ？俺は本当に俺なのか？

「吉杉を刺したのはお前だ。俺の体を乗っ取って…！」

倉井は叫び、男に飛びかかった。血まみれの手が男のコートを掴み、引き寄せる。だが、男が手を上げ、倉井の手首を掴む。冷たい感触。血まみれの手が、男の手と重なる。同じ皺が刻まれている。同じ関節の太さ。同じ血の染み。俺の手だ。だが、その手が、俺を掴む。俺の手が、俺を拒む。

「何…？」

倉井の息が止まった。男が笑う。冷たく、嘲るような声。

「お前が俺だ、倉井恭司。」

男が倉井の手を離し、一歩下がった。観覧車の光が男を照らし、俺の顔が浮かぶ。だが、その顔が、まるで鏡のように俺を映している。心臓が跳ね、血が頭に上る。俺の顔が、俺を見てる。俺の目が、俺を嘲笑う。俺の口が、俺を拒む。

倉井はよろめき、観覧車の基部に背を預けた。鉄骨が冷たく、背中に刺さる。目の前に、割れた鏡が落ちている。遊園地の残骸の一部だ。埃と血で汚れているが、鏡に映る顔が見えた。俺だ。50歳の俺。皺が刻まれ、目が落ちくぼんだ俺。だが、その目が冷たく、口元が薄く笑っている。Xだ。Xが俺の顔で笑ってる。Xが俺の目で俺を見てる。

「入れ替わりは…なかった？」

倉井の声が震えた。鏡に映る顔が、俺を見下ろす。冷たい目が、俺を嘲笑う。薄い笑みが、俺の口で笑ってる。心が軋む。胸の奥で何かが割れる。フラッシュバックが現実を侵食する。観覧車の軋む音、ゴンドラが落下する音、家族の叫び声。「恭司！助けて！」血に染まった笑顔が、俺の目の前で崩れる。俺の手が、血に染まる。あの事故。30年前。家族を失った。俺が生き残った。記憶が途切れた。

「Xは…俺だ。」

倉井は鏡を握り潰し、叫んだ。ガラスが掌に刺さり、血が流れ出す。だが、その血が、吉杉の血と重なる。あの遊園地の光の中で、俺が吉杉を刺した。あの冷たい目で、俺が笑った。あの薄い笑みで、俺が嘲笑った。心が凍る。俺の手が、俺を裏切った。俺の目が、俺を殺した。俺の口が、俺を嘲笑った。

「俺が…Xを生んだ。」

倉井の頭が割れるように痛む。事故の記憶が溢れ出す。観覧車のゴンドラが軋み、風を切る。家族の笑顔が、俺の目の前で血に染まる。ゴンドラが落下し、地面に叩きつけられる。血が飛び散り、叫び声が響く。「恭司！助けて！」俺が血まみれの手で呆然と立ち尽くす。家族が死に、俺が生き残った。心が軋み、記憶が途切れた。そして、Xが生まれた。あの冷たい目が、俺の目で俺を見てる。あの薄い笑みが、俺の口で俺を嘲笑ってる。

俺は誰だ？俺は本当に倉井恭司なのか？俺の手が、血に染まる。俺の目が、冷たくなる。俺の口が、薄く笑う。俺が、Xだ。Xが、俺だ。心が凍る。胸の奥で何かが割れる。俺は、俺を裏切った。俺は、俺を殺した。俺は、俺を嘲笑った。

「俺が…全てやったのか？」

倉井は鏡を握り潰したまま、観覧車を見上げた。光のゴンドラが揺れ、赤い影が地面を這う。血が掌から流れ出し、地面に滴る。俺の手が、吉杉の血で染まった。俺の目が、吉杉を見て笑った。俺の口が、吉杉を嘲笑った。俺が、Xだ。入れ替わりはなかった。俺が、俺を追ってた。俺が、俺を殺そうとしてた。

心が軋む。胸の奥で何かが割れる。俺は誰だ？俺は本当に俺なのか？俺の手が、俺を裏切る。俺の目が、俺を殺す。俺の口が、俺を嘲笑う。俺は、俺じゃない。俺は、Xだ。Xが、俺だ。俺は、俺を失った。

警官の足音が近づき、懐中電灯の光が観覧車の基部を照らす。「倉井恭司、そこで動くな！」

倉井は鏡を握り潰したまま、観覧車を見上げた。光のゴンドラが揺れ、赤い影が地面を這う。サイレンが鳴り響き、無線の声が重なる。「確保しろ！殺人鬼Xと関連あり！」

「Xは俺だ…入れ替わりはなかった。」

倉井は呟き、血まみれの手を握り潰した。掌から血が流れ出し、地面に赤い染みを作る。俺の手が、俺を裏切った。俺の目が、俺を殺した。俺の口が、俺を嘲笑った。俺は、俺じゃない。俺は、Xだ。Xが、俺だ。

心が凍る。胸の奥で何かが割れる。俺は誰だ？俺は本当に俺なのか？俺の手が、血に染まる。俺の目が、冷たくなる。俺の口が、薄く笑う。俺が、Xだ。Xが、俺だ。俺は、俺を失った。俺は、俺を殺した。俺は、俺を嘲笑った。

観覧車の軋む音が、頭の中で鳴り続けていた。そして、遠くで笑う声が聞こえた。冷たく、嘲るような声。その声が、俺の喉から漏れている。倉井は目を閉じ、震える手で耳を塞いだ。だが、笑い声は止まらず、観覧車の軋む音と混ざり合い、頭を埋め尽くした。

俺は誰だ？俺は本当に俺なのか？俺の手が、俺を裏切る。俺の目が、俺を殺す。俺の口が、俺を嘲笑う。俺は、俺じゃない。俺は、Xだ。Xが、俺だ。俺は、俺を失った。俺は、俺を殺した。俺は、俺を嘲笑った。

「俺が…観覧者だった。」

倉井は呟き、血まみれの手を握り潰した。観覧車の光が、俺を映し出す。俺の手が、血に染まる。俺の目が、冷たくなる。俺の口が、薄く笑う。俺が、Xだ。Xが、俺だ。俺は、俺を失った。