入谷先生、新作についてお聞かせください! [KAC2025-2]

咲野ひさと

お時間は取らせませんから

「大作ですね、先生」

「僕のあこがれを体現した」


 テーマは憧れ。

 そう記憶に刻みつつ、私はアトリエのあるじに会釈した。


 彼は入谷いりたに 雅人なりとという画号を名乗る、新進気鋭の日本画家。

 本人は認めないだろうが、人気の一因は見目の良さ。特大の金屏風もほどの美丈夫イケメンだ。


 とはいえ主題は屏風の方。

 金箔貼りの地に描かれた、水面みなもに羽ばたく白鶴。

 先生の新作である。


「雑誌の取材だよね? どうぞ」

「では。まず題名は?」

「トリの降臨」

「へ?」


 マヌケ声が出た。

 記者にあるまじき失態だ。

 

 名前は想いと個性の賜物たまもの

 いくら変でも笑うのは禁物。


 あ、降臨と光琳。

 きっと憧れの尾形光琳世界のKORINちなんだ洒落なのだ。筆のタッチにだって影響を感じるし。

 それに光琳も、群鶴図屏風ぐんかくずびょうぶという鶴の名画を残してる。


「あれは丹波たんばでの体験だった。夕暮れの水田に降り立つコウノトリ。僕は羽を持つ者に通ずる、種を超えたイデアを垣間見た」


 鶴ちゃうんかーい。


「だから総称してトリ、と?」

「そのとーり。笑う所だよ」


 ――ハハハ

 

 芸術家の感性ユーモアは独特。

 でも、ご機嫌取りも記者の大事な仕事。

 長く話してもらったら、記事を書く時ラクできる。


「この目なんて、今にも動き出しそうですね。やはり琳派の流れが?」

「かもね。立ちっぱなしで描いたから、脚がパンパンになったよ」


 ……リンパの流れ、ね。

 ダジャレ好きだこと。画伯ジョークに笑うべき?

 でも要注意。前に気をつかって笑ったら、こっぴどく叱られた。

 こんな時は褒めろ、だ。


「最高傑作ですね」


 すると先生は首を横に振り、布で覆われた机に足を運んだ。


「新境地をお見せしよう」

「デビューから一貫して鳥を描いておられましたが、心境に変化が?」


 うなずく先生。特ダネだ。


「布の下に何があると思う?」

「天使の絵とか? 頭の輪っか、光輪ですから」


 先生の嗜好を踏まえ、別のKORINを出す。

 しかし先生は首をかしげ、無言で布を剥ぎ取る。


 そこには……木彫りの鴨?

 結局、鳥かーい。


「これからは彫刻だ」

「日本画は?」

「技法には縛られない」


 混乱しかない。

 日本画の雑誌には書けない内容だ。


「大切なのは憧れ、そこが変わらなければ僕は僕さ。アナグラムにして、画号に込めてある」


 画号? アナグラム?


 なりたいって、そっちかーい!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

入谷先生、新作についてお聞かせください! [KAC2025-2] 咲野ひさと @sakihisa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説