天然美少女はアイドルとしては天才ですが、姉としては天災です。そしてその後輩駆け出しアイドル達は僕の天使か天敵か⁉︎

世界三大〇〇

第1話 僕の名前は神田優

「優ちゃん。デビューって、どうすればいいの?」


 と、とぼけたことを言いながら、さわやかなシャンプーの薫りと共に僕の部屋にやって来たのが由佳姉。ボディーラインを隠すダボダボな冬パジャマ。由佳が部屋の中央に近付くと、室内灯に照らされて、光の明暗から胸の大きさが強調される。無防備かわいい天然天才美少女アイドルという評判通り。


 由佳姉が足の指先を器用に動かし僕の正面のこたつ布団をめくる。ゆっくりしゃがみながら脚をこたつに突っ込む。胸の下にある暗い影がこたつの天板の上に消える。


「はぁーっ、落ち着くぅ。お姉ちゃん肩こりきついから、こうしてるとすごく楽」


 泣きついてきて、何の解決策も見出せない現状でも、勝手にほっこり。スリッパがあれば僕は由佳姉の頭を引っ叩いていただろう。悩んでいるなら、もっと真剣に悩めと言いたい! 


「知らないよ。アイドルとして売れる努力とか、由佳姉の方が詳しんじゃないか」


 由佳の本名は世間ではほとんど知られていない。芸名なら、まぁ、老若男女、この国に知らない人はいないだろう。


「そんなことないよ。私は直ぐに売れちゃったから、努力なんてしてないの」


 本当だろう。昨日までの六日間連続の卒業記念公演では、六万人収容の水道橋ドームを連日満員にしたほど。天然天才美少女アイドルとしてデビューしたのは、僕がまだ小一のころ。かれこれ十年も生き馬の目を抜く芸能界で活躍したことになる。僕の本名を芸名にして。


 よく生き残ったものだ。相当な天運の持ち主か。あるいは評判通りの天才か。芸能界のことは判らないが、僕にとって、由佳姉は天災だ。勢いだけで、デビュー前の後輩駆け出しアイドル達を引き連れてくるほどに。


「しろよ!」

「ムリ。努力するのだけは、どんなに努力してもムリだった!」


 これだから天才は! アイドルとして成功した結果がこの自堕落を生み出すんだとすればアイドルになることに何の価値もないと思う。悪いことは言わない。駆け出しアイドル達には、今直ぐに普通の女の子に戻ることをオススメする。そして、ここから一刻も早く出て行ってほしい。僕の平穏な日常のために!


 とは言え……ドリームステージが倒産するのも困りもの。少しは協力した方がいいのだろうか。でも、デビューする方法なんて、僕に分かるはずがない。


「由佳姉にだって、何かあるだろう? 工夫とか」

「んー、弟の名前を拝借する、とか?」


「はい、はい。女の子っぽい名前で申し訳ございません!」

「それでも優ちゃん、男の子なんだから、アイドルとか詳しいでしょう」


 それでもって、何だよ! 男の子は関係ない!


「詳しくなんかないし」

「あーっ。ひょっとして優ちゃん、美少女に囲まれて緊張してる?」


 はずがない。むしろ迷惑してる。突然占領して、僕を異物扱いするのだから。そもそも、美少女なんて仮想の生き物に過ぎない。由佳姉がそうであるように、人前では立派に見えても……小顔で脚長でウエストが細いのに、胸だけはご立派だとしても……プライベートはだらしない。それに……。


「冗談。いいことなんかないよ。勝手に露天風呂の竹壁をぶち壊したんだぞ」


 昨夜、僕が一人でのんびりと露天風呂に浸かっていたときのこと。みんなして大槌やらのこぎりやらを持ち出して、露天風呂の男湯と女湯を隔てる竹壁をぶち壊した。みんなで入るには狭いからというのが理由。


 って、それくらい、我慢してくれーっ! おかげで男湯は消えてなくなり、大きな女湯が完成。同時に、僕の露天風呂はなくなった。本当に迷惑なヤツらだ!


「みんな、優ちゃんと一緒にお風呂に入りたかったんだよ、きっと」

「んーなわけ、あるかーっ! 裸なのは僕だけ。みんなは服を着てたんだぞ!」


「優ちゃん、焦っちゃダメ。裸の付き合いをするのは仲良くなってからよ」

「焦ってないっ! 裸の付き合いも望んでないしっ!」


「うっそ! それは、計算外過ぎるよ」

「どんな計算してるーっ! 兎に角、あの小さきものを見る目はもう、真っ平」


 竹壁をぶち壊した瞬間から、ヤツらは完全に僕を異物扱いしてた。あの蔑むような目を僕は一生、忘れないだろう。


「兎に角、お願い! 昨夜みたいにひとはだ脱いでーっ!」

「上手いこと言うなーっ! あんなヤツらのために力を貸すなんて御免だ!」


 思いっきり怒鳴りつけた。


「優ちゃんの気持ちは分かった。本当にごめんね。でも、これだけは覚えといて」


 と、由佳姉はしおらしく続け……。


「みんなはね、優ちゃんにとってはあんなヤツらでもね……」


 ……こたつからも部屋からも出て行く由佳。


「……お姉ちゃんにとってはかわいい後輩であり、娘みたいなものなの」


 いつも姿勢がいいのに、珍しく猫背だった。


 ちょっと言い過ぎたかな。いいや、これでいい。最初から甘やかすのは由佳姉のためにならないんだから……。


「……全部、由佳が悪いんだから!」




「ちょっと、トイレ!」


 しばらくして部屋を出る。リビングに差し掛かったところで、由佳姉を見かける。小学校の先生のように、体育座りした駆け出しアイドル達の前で講義中。


 こうしてみると、由佳姉もちゃんと先輩なんだなって思う。世間では早過ぎる引退なんて言ってるけど、これから後進の育成・指導に注力しようというなら、早過ぎるってことはないんだろう。人を惹きつける能力だけは一級品の由佳姉には案外、指導者が向いてるのかもしれない。由佳姉が楽しそうなのが何よりうれしくて、不覚にも感心してしまう。


 さっきはやっぱり言い過ぎた。あとで謝ろう。


 と、誰かが僕を発見し「あっ。優様のお出ましよ!」と、大声。すぐさま反応した数人が、僕を囲う。遅れて数人の駆け出しアイドル達も群がってくる。あっという間に、僕はみんなに囲まれる。


 イヤな予感しかしない。『優様』呼びが僕の不安を煽り立てる。


「あのっ、優様。昨日は本当にごめんなさい」


 いいえ、どういたしまして!


 表面を取り繕う挨拶みたいなもの。本気にしたらダメなやつ。ダメなやつ!


「優様が優様の弟君だって、知らなかったの」


 やっ、ややこしい。


「優様の弟君の優様を、蔑んだつもりはないのです」


 どうだか。あの目は一生のトラウマだ。


「この施設は貸切だって聞いてたから」


 他に入居者はいないから、事実上の貸切状態。なるほど、悪いのはきっと駆け出しアイドル達じゃない。ちゃんと説明していない由佳姉。だったら、あの目を向けられたことは水に流していいんだろうか?


 いーや、ダメだ。絶対に怪しい。由佳姉の後輩だぞ。アイドルだぞ。気を許してはいけない。どーせ、ロクなことにならない。


「管理人は優様だって聞いてたの」


 それも事実。けど、どう考えたってミスリードを誘う言葉だ。まさか、天然天才美少女アイドルの神田優に同名の弟がいるなんて、誰も思わないだろう。説明が下手な由佳姉が悪いのか? やっぱり、この人達は悪くないのか?


「私達、ビックリしてしまったの」


 そう、なのか? 誤解が誤解を招いて生じた悲劇に過ぎないってことか? たしかに、誰もいないと思っていた男湯に僕がいたらビックリする。あんな目で見ることだってあるだろう。


 全てが単なるボタンの掛け違い。腹を立てるほどのことじゃない……のか?


「男の人はいないと思い込んでたの」


 仕方がない……のか? 目を潤ませて許しを乞う美少女達を、僕は許すべきなのか? 甘やかすべきなのか?


「それに、あまりにも……」


 あっ……あまりにも?


「……あまりにも、ちっさいから」……「……あまりにも、ちっさいから」


 コイツらとは、絶対に友達になれない!


「ほっといてくれーっ!」




「優様、お願いです」

「私たちにチャンスをください!」

「しばらくでいいんです」

「ここに置いてください」

「必ずデビューします!」

「有名になってしっかり稼ぎます!」

「ちゃんと家賃、払いますからーっ!」


 べつに、家賃を払ってほしいからってわけじゃない。僕はみんなの真剣な眼差しに本気を感じた。由佳姉が僕の部屋で言った『娘』という言葉が気になった。


 だから……安請け合いしてしまうのだった。勢い任せは姉譲りのようだ。


「いいだろう! みんなをデビューまで面倒を見てやろうじゃないか!」

____________

神田優 17歳

身長:178.1 体重:62.1


 主人公。高二にして神社に併設されたシェアハウス・ドリームステージの管理人。将来の夢は特にないが、誰かの夢に寄り添うような生き方は嫌いではない。

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