エピローグ

 波がよく聞こえる、濃厚な潮の香りが鼻腔に入ってくる。


「よくもまぁ、こんなにも暴れたものだな」

「歴史的価値のある闘技場がこうも崩れるとは、フフフははははっ――マリィ、貴様はやはり興味深い、あぁ知識欲が満たされる」

「アレイアと変態魔物の仕業ですわね!」

「また戦いのことばかり考えて、少しくらい勇者に協力せぬか! 聞いておるのか、アレイア!」


 壁も屋根も崩れ、観客が船に飛び込んで避難していくのだけは、なんとなく覚えている。

 カイル兄さんと戦っていたはずが、気付けば闘技場が半壊していて、どこからか現れた女神と思われる、ふわっとした光を纏った二人の女性がやいやい言ってる。

 一人目はお嬢様のような品のある喋りに怒気を含める。

 二人目は堅苦しさと品が交じった古風な喋り。

 女神アレイアは傷ひとつもない玉座で頬杖をつき、一刀。


「黙れ。ただ血を流し命を無駄にするよりか闘技場はマシだろう。どちらかが戦えなくなれば終わる。命を落とさずとも勝敗さえ決したら、みーんな喜ぶ。良いこと尽くしじゃないか」

「魔物に魂を売りましたの!? この世界の生命を冷酷に奪い取っているのをお忘れで?!」

「痴れ者。だからお前はいつまでたっても王都序盤のチュートリアル試練を任されているのだ。なぁ、支配人」

「うむ、頭が固いようだ。既に大陸中の魔物は撤退している。マリィの膨大な魔力を使えば造作もないこと」


 女神アレイアとフリッツが揃って一笑する。


「気にしてることをぉぉ……長女だからって、ふざけるなですわぁぁあ!」

「止せ、エイド。こうなっては戦いの女神に我々では勝てない」

「ヴァルの方が利口だな。さて、勇者と魔王の頂上決戦は引き分けに終わったわけだ。最初の通り、西側の島はお前らに譲ってやろう、これで今世はめでたしめでたし」


 なんか勝手に終わろうとしてんだけど、納得いかない!


「待って待って話がぜっっんぜん分かんない! 頂上決戦ってなに? 島を譲るってどういうこと?」


 フリッツは、ふむ、と相槌を打ち、四角い顎を擦った。


「話せば長いのだ。簡潔に言えば、本来なら我が魔王として君臨する予定だった。だが、魔王とは勇者に封印され、永遠に近い時間拘束される運命である。正直、嫌であろう、もっと楽しみたいだろう、知識欲を満たしたいであろう。だから、貴様の中に魔王の器を生成したのだ」

「はぁ? じゃあ私魔王になったってこと?!」

「人間であり、魔王の器である。嫉妬、環境を不満に思う負の感情が増幅し、力が目覚めたのだ」


 なんじゃそりゃ! 勝手に人の体になにしてくれたんだ、この魔物は! 怒りにまかせて魔法をぶっ放してやりたい。

 そんな私より一歩前に出たのは、カイル兄さんだった。

 フリッツと女神アレイアを睨みつけている。

 怠惰な姿勢のまま、アレイアが口を開く。


「勇者カイル、今さら謝罪などするつもりはない。これ以上無駄な犠牲者を出さないための取引だ」

「大切な家族を巻き込み、そのうえ魔王の器? 冗談でも許し難い。身勝手にもほどがあります」

「否定せん。生まれた瞬間からお前は勇者である、いずれは魔王を封印する運命にある。その理を壊すにはマリィでなければならなかった、それだけだ」


 潔白の剣を握りしめる大きな手が、今にも動き出しそう。いくらカイル兄さんが強くても、さすがに無謀だと思う。

 反射的に手首を掴んで引き留めてしまう。


「ま、待った! もう大丈夫、大丈夫だからっ――無事なら十分じゃん」

「マリィ……」

「終わったことだし、ほら、私達の力で闘技場ぶっ壊しちゃったね。フリッツ、これって弁償しないと駄目?」


 フリッツは牙を剥き出しに小さく笑う。


「マリィと我の魔力があれば、瞬く間に戻る。さぁ再生の魔法を教えてやろう、来るがいい我が愛しき者よ」

「うげ、ただちょっと旅した間柄で、変なこと言わないでよ」

「フハハッ、我にとって貴様は何にも代えがたい素晴らしき存在である。貴様と出会えたこと、神に感謝せねば」

「魔物がなんか言ってるし、はいはい、ほらカイル兄さん、勇者一行のみんなが待ってるよ。声かけてきなよ」


 私は大丈夫だから、もう憧れなんてしない。

 複雑な表情で俯くカイル兄さんに、笑顔で「問題ないよ」、って応える。

 戸惑い気味な笑顔を浮かべたあと、小さく頷き、仲間のもとに向かう。

 遠くなっていく背中に、寂しい気持ちを隠して見送った。

 はぁ、らしくない、隣にやってきたフリッツを軽く睨んだ。


「ねぇー私っていつから魔王の器を入れられたわけ? 闘技場で寝てる間?」

「元々器の素質を持って生まれ落ちたのだ。それこそ話せば長くなる」


 何を訊いたって、「話せば長くなる」ばかり。

 もういいよ、ってなるぐらい呆れてしまうけど、結局、謎が深まるのだった――。

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勇者に憧れる少女の物語 空き缶文学 @OBkan

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