決着
始まりの音が鳴った。
闘技場内を支配する拍手が静まり返っていく。
ブーツの底がジリ、ジリ、擦れる。
目元を隠す仮面の穴から、カイル兄さんの優しさに相乗した真剣な眼差しと強い意志が見えた。
呆れるくらい真っ直ぐなのは変わらない。でも、村を出発したあの日からもっと、ずっと、変わったと思う。
女神に選ばれし勇者がいる。私が憧れていた場所に、カイル兄さんがいる。
「……」
魔剣を握りしめると、体中に纏う気持ち悪いほど濃い魔力が流れていくのを感じた。
空の魔法石に私の魔力が吸い込まれないと、闘技場ごと木っ端微塵だって、そんな力、試してみたい気もする。
「はっ!」
爽やかに勇ましい掛け声を出し、カイル兄さんが動く。
迷いのない剣さばきが降り掛かる。
稽古の時なんか比べ物にならない、あまりにも速すぎて魔剣で受け止めるタイミングが誤差で遅れてしまう。
ヤバい、ギリギリ間に合ったけど、あともう数秒遅れてたら終わってた。
金属と魔力の共鳴が響く。
剣の輪郭に纏う黒と、淡い聖なる白が反発しあう。
重い……魔剣を伝い、痺れが全身に押し寄せてくる。
「いっつ! このっ」
流すだけで精一杯だった。力いっぱいに押し払い、身を翻し、正面に戻りながら力まかせに振り下ろす。
魔剣に注がれていく魔力が溢れ、喉を強く唸らせる。
「うらぁあ!!」
肉を裂いた感触がない。
剣先が地面を叩けば、黒い衝撃波を生み出し、削りながら砂塵が巻き上がる。
観客のどよめきが耳に届く。
魔力が地面を切り裂いたことに、ぞわっとしてしまう。
カイル兄さんは? 仮面の穴からじゃ見えない、横——いない。背後――いない。
ふわりと浮いた毛先から感じ取った殺気——上!!
潔白の剣を頭上に振りかざすカイル兄さんが真上にいた。
剣を構えて受け止めるだけじゃ、勝てない……苦し紛れ、かもしれないけど覚えている魔法を唱えた。
「ぶっ飛べ、こんの!」
風が私の足元にまとわりつき、魔剣を片手に上空へ放り投げられる。
私がぶっ飛んでる! カイル兄さんに向かって!
「なっ!?」
動揺してるっぽい。よしよし、なんか上手く行った気がする!
「勇者は、この私だぁあああああ!!」
カイル兄さんに向かって斜めに斬りかかる。
「うおぉぉぉぉ!!」
白と黒が弾けた――目の前が痛いくらい眩しい――目元から重みが消えてしまう。
視野が一気に解放された。
「マリィ!?」
カイル兄さんの素っ頓狂な声。
しまった、仮面が……外れちゃった……くっそぉ、なんとか誤魔化せ! 咄嗟に魔法を唱える。
波紋が掌の前に波打ちながら現れ、激流の水が飛び出す。
カイル兄さんは潔白の剣で簡単に振り払ってしまい、水は二手に分かれて消えていく。
腕を掴まれ、引き寄せられた。
抱えられたまま着地する。
「どういうことだ……こんなの儀式じゃない! 誰の仕業だ!?」
うわ、やっぱり怒ってる。フリッツと女神アレイアに向かって叫んだ。
「勇者殿、どうされましたか? 彼女はただの英雄でございます。勇者殿の知り合いに似ているとしたら、それは偶然でしょう」
「偶然? 声も、剣技の癖も僕が知ってるマリィだ! 大切な家族をどうやって連れてきたのか知らないが、彼女を殺すのが儀式だっていうのか?!」
女神アレイアは何も言わない。
「我は英雄をスカウトしただけでございます。確かに名前はマリィです、ギルドの町をトロールから守った英雄の名はマリィ。名前も容姿も癖も瓜二つとは、なんという偶然でございましょう! ですが勇者カイル、貴様がどこまで把握しているのか……油断せぬことだ――マリィ」
気持ち悪いほど濃厚な魔力が体中を這う。
魔剣を握りしめる手が痛い。
腕が勝手に、動く。
「カイル兄さん!!」
金属が激しくぶつかり合う繊細な音が鳴り響いた。
勝手に斬りかかった魔剣に反応したのか、辛うじて受け止めた様子で、カイル兄さんは苦い表情を浮かべてる。
「マリィ! 止すんだ!」
体が言うことを聞いてくれない。
このままだと、本当にカイル兄さんを――私の意思じゃない力で――殺してしまう。
唇が勝手に、炎の呪文を唱えた。
灼熱の揺らぎが片手に浮かび上がり、火球がカイル兄さんの懐へ至近距離で放たれてしまう――——。
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