勇者と英雄
ここは絶海の闘技場、一体どれほど大陸から離れてるんだろう。
屋根で覆われて外の様子は分からない。換気の窓から聞こえてくる怒濤と潮のニオイがする
転移魔法もあんまり便利じゃないな、結局離れすぎていると、時間がかかるみたい。しかも三〇日間って、凄い損した気分。
エリアは元気にしてるのかな。
ワァァアァアア!!——
「うぁっ!」
底から湧き上がるような歓声が壁越しに響いて、驚いてしまった。
「どいてどいて!」
今度は扉が勢いよく開き、白いコートを着た魔物たちが飛び出す。二人がかりでボロボロの人物を乗せた担架を運ぶ。
猫の耳をした毛深い人が乗っている。
「いてぇよぉ……ちくしょうぅぉぉぉぉ!!」
深手を負ってる感じはしない。悔しさを滲ませた皺くちゃな表情で叫び、医務室だと思う部屋に運ばれていく。
「エリアという少女と同じ、亜種である」
通り過ぎていく担架を見届けたあと、フリッツが教えてくれた。
「古くから奴隷だとか言ってた話?」
「そう、人間はみな奴らを亜種と呼ぶ。我々魔物かすれば違いなど微々たるもの。知性がある、感情も、だが奴隷である。彼は自由を手にするため、闘技場にやってきたのだ。残念ながら失敗したようだな」
「闘技場で自由が手に入るって、どういうこと?」
「我が蘇らせた
勝てば望む物を女神から与えられる。
「勝てたらゴールドがたんまり?!」
「フッ、残念だがマリィ、貴様は死人と同じ立ち位置である。挑戦者である勇者と対峙するのだ。既に勇者一行は控室で準備をしている」
「えっ! もう来てるの?」
「貴様が渋っている間に到着し、部下が控室に案内したのだ。マリィ、仮面をつけよ」
突然目元を隠すための、高貴な仮面を渡された。
華やかな装飾が施されていて、重みもある。
「えぇー、前見づらいじゃん」
「相手さえ見えれば問題ない。素顔を晒せば、あの勇者は本気を出さぬ。手加減されては夢見が悪くなろう」
「それは……まぁーそう、かも?」
稽古じゃ手加減されたうえで負けてるんだから、力が同等になったところで勝てるかどうか分からない。
「貴様がもし手を抜いたとしても、勇者は全力で倒しに来る。マリィ、覚悟を決めよ」
「分かってる、やる、もう戻れない。やることやる、そんで魔王も、魔物も、アンタも全部吹き飛ばして、二度と魔王と勇者が出てこないようにしてやる」
強がりでも何でもない、至極真っ当、私にはそれができる。
フハハ、と高笑うフリッツは中央に続く大きな扉に顔を向けた。
こりゃ信じてないな……なら闘技場にいる奴ら全員を実力行使で、信じさせてやる。
仮面をつけて目元を隠した。
「支配人、勇者の準備が整いました」
「うむ、こちらも問題ない。我は女神アレイアの傍で見届けようぞ」
不敵な笑みを浮かべるフリッツに見送られ、闘技場の舞台に進んだ。
円形の闘技場、壁は高く、観客席が遠いけど、良く見える。魔物が運営してるのにどういうわけか人がたくさんいた。
鼓膜がおかしくなるほど突き刺さる歓声。
胸が痛いぐらい騒がしくて、不安と同時ににじり寄る期待感、それからカイル兄さんに勝ちたいって気持ち。
あと、あとは、カイル兄さんを倒してしまったら、どうしようって気持ちもある。
優しくて、いつも他人のことばかり気に掛けて、真っ直ぐなカイル兄さん。
今——目の前にカイル兄さんがいる。
白に近い鎧と王都の旗が描かれたマント姿の、カイル兄さん。
綺麗で優しい瞳は、私と稽古してる時よりも真剣に思えた。
久しぶりに会えたのに、感動の再会、とは言い難い状況。
カイル兄さんは、玉座で寛ぐ女神アレイアを見つめ、深々と頭を下げる。
女神アレイア……闘技場にいるんだから、戦いの女神、なんだと思う。黄金の兜と籠手を身につけ、あとは白く長い布で体を覆っている。
しなやかな素足に底が分厚いサンダルを履き、優雅に足を組み、怠惰に頬杖をつく。
「なにあれ」
私が呟くと、カイル兄さんが突然顔を向けてきた。
やばい、声でバレちゃうかも。
慌てて口元に手を寄せ、軽く咳払い。
「君は――」
「皆様!!」
女神アレイアの傍の立ち、力強い低音を闘技場内に響かせたのは、支配人のフリッツ。一気に目線が彼に集まった。
危なかった……喋らない方がいいかも。
「本日は絶海の闘技場に遠路はるばるお越しいただき誠にありがとうございます。我は闘技場の支配人を任せられている一介の魔物に過ぎない存在でございます」
普段ともう少し尊大な喋り方なのに、なんだか一気に支配人っぽく見えてきた。
「魔王封印のために選ばれし勇者が挑む、最後の儀式。対する相手はギルドの町に突如現れた巨大トロールを見事討伐した名もなき英雄! 数々の難敵を討伐してきた勇者にとって不足の無い相手でございましょう!! さぁ、皆様、盛大な拍手を彼らにお贈りください!!!!」
ざっと数万いる拍手が暴れるように、鳴り響く。
女神アレイアは変わらない態度で、ただ私達を高い場所から見下ろしている。
なんだか弄ばれてる感じがして気に入らない。
「さぁ、両者構えて」
魔剣を握りしめる。
カイル兄さんは、羽の鍔と純白柄の装飾、潔白な剣を抜いた。
剣にまとわりつく淡い聖なる光。視界に映すだけで、バチバチと頭に魔力がぶつかり、地味に痛い。
「ギルドの町での噂は聞いたことがあるよ、巨大なトロールを倒した英雄と剣を交えること、光栄に思う」
「……」
カイル兄さんには悪いけど、今ここで声を出すわけにはいかない。
「始め!!」
フリッツの合図とともに、どこからか鐘の音が鳴り響いた――。
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