魔剣の目的

「まず、マリィ、貴様は転移魔法で我が闘技場に到着した。魔法とはいえ移動には時間がかかる。一瞬に思えたかもしれぬが、貴様は三〇日間眠っていたのだ」

「な、三〇日もぉ!?」

 

 そりゃ体もだるくなるし、頭も重いわけだ。

 でも長過ぎる!


「だが安心するがいい、その間も貴様の魔力は着実に増幅している。巨大なトロールを消滅させたことで、成長速度に拍車がかかったのだ。マリィ、貴様は今女神の加護を受けた勇者と同等の力を得ている。憧れの勇者になる準備はいいか?」


 起きたばかりなのに、今からカイル兄さんを倒す準備なんかできてるわけないじゃん。


「待ってよ! まだ、なんにも準備できてない。それにどうして勇者が、カイル兄さんがわざわざ孤島に来るの?」


 闘技場の支配人を名乗る、今まで暗いもじゃもじゃした影だった人型の魔物。

 カイル兄さんよりデカいし、高そうな黒服がピッチピチで、胸元に赤いリボンってのも洒落た感じがして、私が想像してた魔物と全然違う。

 魔物は、不敵に小さく笑った。


「魔王を倒すには儀式が必要なのだ。各地を歩き、女神の姉妹から加護を授かるのだ。そして、絶海の闘技場こそが最後の儀式、女神アレイアの加護を授かる場所。その力を今の勇者が手にしてしまえば、貴様は二度と勇者に、なれぬ」

「うっ、二度と……」


 二度と勇者になれない、なんて狡い。


「というか、ギルドの町、何人か死んだんだよ!? 下手すればエリアも巻き添えになって死んでたかもしれないのに、あんなバカでかいの出すなんて、いくらなんでもやり過ぎだよ!」

「説明したであろう、マリィ。ギルドは雑魚では入れぬ強固な障壁を張っていた。むしろ最小程度の犠牲で英雄という称号を瞬く間に手にし、女神アレイアの眼前で勇者と戦うことができるのだ。貴様はやはり素晴らしい、魔王を倒すに値する存在、真の勇者なり」


 全然悪く思ってない。


「……納得いかない」

「憧れているのだろう? 気に入らぬのなら早々に貴様が勇者となり、我々を消し炭にすればいいこと。今の勇者ではそれができぬ……さぁ、マリィ」


 手招く大きなごつい指先。

 あの優しいカイル兄さんを倒すの? もっと、もっともっと慎重に考えるべきだった。

 憧れだけで、勇者に選ばれたいだけの欲に従い、魔物と協力するんじゃなかった。

 カイル兄さん……村のみんなを見捨てたって知ったら、悲しむだろうな。

 こいつが、本当に魔物を避けてくれているかなんて、分からないんだから。


「マリィ、新しい装備を授けよう。我が闘技場の鍛冶師に作らせたマリィ専用の魔剣である」

「……魔剣?」


 剣の鍔に宝石のような綺麗な石がはめ込まれ、エリアが持っていた魔法石と同じ輝きを持っている。持ち手が青く、剣は真っ直ぐ太く不気味過ぎるぐらい何の変哲もない。


「人間は魔法を使う時、魔法石を通して発動させる。だが、この魔法石は空なのだ。マリィの魔力を溜める役割を担う」

「どうして?」


 まだ戦う気が出てこないのに、どんどん説明してくる。

 支配人を名乗る魔物はずっと不敵に笑ってる。


「我が闘技場を破壊されては女神アレイアの機嫌を損ねる」

「はぁ? どういう意味?」

「分からぬか」

「分かんない」

「貴様の魔力は、人間が保有できる量を優に超えておる。膨大な魔力を空の魔法石に流さねば全てが木っ端微塵となるのだ」


 木っ端微塵って……知らないうちに私の体がとんでもないことになってるんだけど! 魔物は歩き出し、大きな歩幅で私を置いていく。

 魔剣を手に、急いで追いかけた。

 闘技場の通路に出ると、どこまでも続く真っ赤な絨毯と、歴代チャンピオンの肖像画とトロフィーが壁を彩る。

 カウンターには一つ目の魔物がこれまた高そうな服を着て、胸元に赤いリボンをつけている。

 掃除をしているトゲトゲの羽を生やした魔物もいた。そいつも高そうな服着てる、同じリボン。闘技場で働く魔物の服装なのかもしれない。


「待って、えぇっと」

「以前言った通り、我々は名前を持たぬ。皆魔王の力で生まれた存在である」


 とは言われても、どこを見ても魔物だらけじゃ呼び分けがしづらい。


「いやいや名前ないと不便なんだけど」

「ふむ、一理あるか……フッ、我も一時期人と交流することがあったのだ、その時はフリッツ、と呼ばれていた」

「フリッツね、よしよし」


 とりあえずは良し。フリッツと呼ぶことにした――。


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