討伐
最悪の状況、淀んだ雲と降り注ぐ雨の中、塔より高い巨大なトロールが現れた。
口からはみ出した鋭い牙と、頑丈な顎、鋼のような肉体に腰と胸に鎧を装備し、ギルドの町に張っていた障壁とやらを、大きな五本指で破壊する。
「あんなの倒せって? 冗談きつくない?」
『魔物を弾く障壁が予想以上に強固で破れなかったのだ。ゴブリン程度では触れるだけで消滅する。やむを得ず、魔王城の中ボスを召喚したのだ』
「序盤で魔王城の中ボスっ!?」
頭がくらくらしてきた。
薄い障壁の膜が破片となって散っていき、空中で消滅していく。
騒ぎまくるギルドの人達と、混乱を極めた避難する人々。
全身鎧で固めた騎士協会が前線へ動く。
弓で応戦したり、トロールに飛びついて剣で攻撃をしたりと攻めていくけど、全然ダメージが喰らっているようには見えない。
腰まで登った騎士を掴み剥がし、ゴミみたく放り投げた。
「うわっ!」
私の方に向かって飛んできた!
壁に激しく打ち付けられてしまい、騎士はめり込んで、だらんと力なく項垂れる。
鎧の関節部からドロドロと赤い液体が漏れている。
最期まで握りしめていた剣を落とした。
騎士協会ということもあって、上等な剣を使っているみたい。落ちても刃こぼれなく、次の持ち主を探している、気がする。本当に気がするだけ、なんだけど、手は迷いなく剣を掴んだ。
「というわけで有難く引き継ぐぜ!」
柄の感触、凄く握りやすい。重過ぎず、素振りをしてみても、腕に負荷が行き過ぎないようバランス良く鍛造された剣だってことがよく分かる。
「ふぉぉぉぅ、テンション上がる!」
魔導書が戻ってきたし、剣も手に入れた。よし、次はあの巨大トロールを始末するのみ。
「障壁よりも魔法で攻撃してくれ!!」
「やってますよ!! 貴方たちもしっかり足止めしてください! 魔法が当たらない!!」
魔術協会と騎士協会の人たちが、遠くから大きな声で言い合いしている。
魔法といってもトロールの硬い皮膚に初級か中級ほどの火球を当てるか、電撃をくらわす程度で、全然効いてる感じがしない。
トロールが歩けば地響き、吹き飛ばされる人々がたくさん。
雨と一緒に降ってきて、赤い液体が地面を濡らす。
ぶつからないように避けて走った。
「マリィさん!」
振り返ると、兎の耳をピンと伸ばしたエリアがいた。
ルビーの瞳を潤ませて、不安げな表情を浮かべている。
「エリア、危ないから避難してて!!」
「ま、マリィさんこそ、危険です!」
んなこと言われても、勇者として選ばれるためにやらなきゃいけない。
魔導書を開いて、風魔法の呪文を唱えた。
風が私に纏わりつき、予想以上に足裏を押し上げられてしまい、トロールの肩まで一気に飛んでいく。
「おわぁああ! このぉぉお!!」
剣を逆手にして、肩を突き刺した。
う、硬いぃぃ、こいつの肉体が頑丈過ぎて、柄を握りしめる手が痺れてしまう。
胸部の鎧を繋ぐ紐が裂けて、気持ちずれるだけだった。
「こんなの、わっ―—」
塔より高い景色が目に入る。
塔を中心に円になって広がるギルドの町と、果ての見えない大陸が一気に私を飲み込んだ。
こんなにも広大な世界を、今、カイル兄さんは旅してる。
世界を守るためひたすら真っ直ぐで優しいカイル兄さんが突き進んでいるんだ……——。
――マリィ、勇者の肩書よりも、誰かを守る強さの方が大切なんだ――
カイル兄さんの温かい声が、過った。
『マリィ……マリィ―—何をしている』
「あっ」
トロールがゆっくり顔を向けてきた。
唸りながら巨大な手が迫りくる。
「えぇーと、これでもくらえ!」
魔導書から光魔法の呪文を唱えた。
目の前が真っ白になるほど眩しい光が放たれる。
眩し過ぎて、私まで顔を覆ってしまう。
トロールは驚いてしまい、足元が怯んだ。バランスを崩して、塔に向かって倒れていく。
「やばいやばい!」
巨体が平行になる部位に沿って駆けた。
トロールがぶつかった塔の欠片が地上に飛び散る。
みんなが一斉に離れていくなか、一人足が竦んでしまっている子がいた。
兎耳を後ろに伸ばし、しゃがみ込んでいる。
「エリアっ!」
なんでまだ避難してないの!?
風の魔法を唱えて、一気にエリアのもとへ飛んだ。
瓦礫よりも先に、エリアを庇い抱えた。
剣で斬りはらえば、瓦礫が縦に真っ二つ、分かれて地面に落下する。
想像以上の切れ味に、思わず笑みがこぼれてしまう。
「ま、マリィさんっ!」
「何してるの、避難しててって言ったじゃん!」
「だ、だって、だってマリィさん、すぐ出発して、心配でっ」
唸り声が聞こえて、話は中断。半壊した塔にもたれていたトロールがゆっくりと起き上がり、私を標的として捉える。
「あぁもう、私は大丈夫だから、エリアは安全なところに避難して。心配なんかいらない、私は……勇者になるんだから。分かった?」
「勇者に……マリィさん、あの、あとで、ワタシに会ってくれますか?」
「分かった、約束する。ほら」
「は、はい、あのトロールは明るいのが苦手です! 気を付けて、ください」
明るいのが苦手、さっきの閃光だけでバランス崩してたから、光魔法で攻撃すればいけるかも。
地面が揺れる。
まだ不安げだけど頷いてくれたエリアの背中を軽く叩き、トロールと向かい合う。
「頑丈過ぎて剣が通らないなら――」
呪文を唱えた。
剣に眩しい光と風を纏わせる。
「これでも、くらえぇぇ!!」
トロールの額目掛けて投げつけた。
爆発的な風圧を生み出して一直線に飛んでいき、狙い通りトロールの額に直撃。
ぱっくり額が裂けて、剣が突き刺さる。
眩しい光の輪が空に広がった。
雨雲が去っていき、一気に晴天へ。
眩しい太陽の輝きが差し込まれ、トロールが苦しむ。光がどんどん増幅していき、巨体を包み込んだ。
『——素晴らしい、やはり、興味深いぞ、マリィ……この魔力、まさに――』
光の粒となってどんどん空へ高く昇っていった――。
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