英雄へのステップ
パッ、と急に景色が変わり、エリアと私はどこかも分からない家の中にいた。
「どこっ?!」
薄っすら青白く光る魔法陣のど真ん中だ。
「げほっげほっ――わた」
「エリア、ここどこ?!」
「ここ、は、えと、わた――」
「なんか家っぽくない?!」
「ワタシが暮らしてる家です!!」
兎の耳をピンと立てて、胸に手を押さえながら大きな声を出す。
もしかして、あの黒いもやもやした魔物が何か魔法を使って瞬間移動でもさせたのかも、だとしたらもっと早くやってほしかった。
剣と魔導書が流されて、リュックと服は水浸しだ。
「あぁそうなんだ、エリアの家ってことは、ギルドの町?」
「は、はい」
小窓から外を覗く。
すっかり日が昇って、人々が数メートル先の大通りを行き交う賑やかな動きが見えた。
「うぉー人がいっぱい!」
「ギルドの町は、王都の次に大きいんです」
「へぇーここで魔物やっつけたら、名声集められそう」
何気なしに、黒いもやもやした影に向かって呟いた。
「……?」
なのに、あの低い声が返ってこない。
「あれ」
改めて部屋の中を見回してみたけど、どこにもいない。
「ねぇエリア、黒いもやもやした魔物見かけなかった?」
エリアは傾げて、数秒考えたあと、首を振る。
「いえ、魔物はいませんでした。ワタシに、触れた人としか転移できない魔法ですから」
「え、じゃあエリアが転移魔法を使ったってこと?!」
「は、はい」
じゃあ魔物とはぐれたんだ! えぇ、どこにいったんだろ、この町に着いたら魔物を襲わせるとかなんとか言ってたのにぃ。
今すぐにでも勇者に選ばれたいのにぃいぃぃ! あの奴隷売人、絶対酷い目に遭わせてやる!!
「う、寒い……お腹空いたぁあぁ……」
お腹が減りすぎて痛いし、ずぶ濡れて肌が凍り付くぐらい冷たい。
「あのマリィさん、お風呂入って、ご飯食べましょう」
お言葉に甘えて、お風呂へ。
寝室の横にある扉から浴室に入ると、なんと手作り感満載の大きい桶がぽつんと置いてあった。
辺鄙な村だってバスタブぐらいあったけど、大きい町は桶が主流なのかな。
エリアは荷物から綺麗な宝石を取り出すと、握りしめながら魔法でお湯を溜める。
「その宝石なに?」
「これは、魔術協会から購入できる魔法石です。とっても、高いんです。これがないと、魔法使えません」
「ふーん」
あれ、魔導書だけで使えたけど、魔法石の代わりになってるってことかな――。
——まったりお風呂に入ってリフレッシュ、気力が回復したかも!
エリアがご馳走してくれたご飯でお腹も満タン、体力が回復した気がする!
束の間の休息中、突然扉を叩く音が聞こえてきた。
『すみません、魔術協会の者です!』
「ひぇ、魔術協会?」
兎の耳を後ろにピンと伸ばし、怯えた様子のエリア。
魔術協会ってなんじゃそりゃ。
恐る恐る扉を開けた先に、豪華に金の装飾を施した紺青のコートと黒ズボン姿のおじさんが三人。
「お、おはようございます……なんでしょう」
「どうも、朝からすみませんね。確かエリアさんでしたね、それから――」
リビングで寛ぐ私を扉の外から窺う、嫌な視線。
「お二人とも転移魔法で町に入られたでしょう、その時、あり得ないぐらい膨大な魔力を、大魔法石が感知したのです。てっきり、障壁を越えるほどの危険な魔物を運んできたのかと……どうやら、彼女のようですな」
「あ、あの、彼女は、命の恩人です。ワタシ、奴隷にされるところでした、そこを助けて頂きました。危なくないです!」
「もちろんですよ、エリアさん。魔術協会として彼女のことを把握したいのです。お嬢さんどうか、ご同行をお願いします」
いーや、行きたくなぁああああああい! 非常に面倒そうだし、こういう奴らって大抵怪しいのが定石だよ。
だけど武器がない、魔導書もない、抵抗する手段がグーパンじゃ頼りない。
「うむむむ、その魔術協会で何するの? 今ここでハッキリ聞かせてくれなきゃ、同行断固拒否だね」
「大魔法石に触れてもらい魔力保有量を調べるだけです。今後町を出入る際に逐一調べなくても良い様に、登録をして頂きます。時間はかかりません」
うーん、エリアは今も不安げで怯えてる。
判断材料として足りないけど、信頼度でいえばエリアのほうが格段上。ちょっと協会のことを調べたいな。
「分かった、あとで魔術協会に出向くから今はゆっくりさせてよ。奴隷売人のせいで酷い目に遭ったんだから、橋を壊されるわ、私の武器が川に流れてくわで散々、せめて装備の調達ぐらいさせて」
魔術協会はお互いの目を見て、数秒ほど唸ったあと、渋々といった感じで頷いた。
「……分かりました。お名前をお聞きしても?」
「マリィ」
「マリィさんですね。それでは後ほど、魔術協会でお待ちしております」
なんとか立ち去ってくれた……。
「ふぅ、なんとか誤魔化せた。なんなの魔術協会って」
「そ、それは、まずギルドの町には三つのギルドがあります。魔術協会、キャラバン協会、騎士協会、です。この町で一番影響力があるのが魔術協会、なんです」
じゃあ面倒なのに目を付けられちゃったわけか。
その割には全然大したことなさそうだった。
「ふーん」
「あの、ワタシ、一緒に魔術協会まで行きます」
「あー大丈夫大丈夫、私ひとり行けるから、エリア、お風呂とご飯ありがとう! もう売人なんかに捕まらないように気をつけなよ」
さっさとあの黒い毛玉を探そう。
軽装鎧を装備して、リュックを背負って扉に手を伸ばす。
「え、え、あの、マリィさん、まだ何も恩返しができてな――」
「じゃあまたねっ!」
家の外へ飛び出した。
~ギルドの町~
すんごい建物の数、大通りに行けば小窓から覗いた時の倍以上、人がたくさん歩いてる。
中央には町で一番高い塔で、時計と鐘がついてる。
武器・防具屋、服飾、食料雑貨、宝石、いろんなお店が並んでいて、目移りしてしまう。
『——マリィ……——マリィ――しょう――を』
うわ、どこからかあいつの低い声が聞こえてくる!
「え、ちょっと、いまいち聞き取れない、どこにいるの?」
町が広すぎるし、どこも人、人、人。黒いもやもやした影はどこにもいない。
キョロキョロ見回していると、金属同士が激しく擦れる音が聞こえてきた。
みんなが慌てて道の端っこに寄ると、完全武装の集団が、
「さっさと避難しろ、地下だ、地下へ急げ! 障壁が破られる!!」
「魔術協会が新たな障壁の準備をしている! 我々騎士協会は戦闘準備! キャラバン協会は避難誘導だ!!」
大きな声を上げて、緊急事態を告げている。
「え、えええ、何が起こってんの?」
『——マリィ―—魔、導書を受け、取れ。間もなく……計画を実行する』
「魔物来るの?! 武器どこよっ」
『上を見よ』
黒く歪んだ謎の空間が宙に現れ、私の手元に魔導書が落ちてきた!
「良かったぁ、あっでも剣は?」
『剣は流される途中で折れて、使い物にならぬ』
くぅ、あの奴隷売人めぇ、絶対忘れないからな!
『ギルド如きで何とかなる魔物ではないぞ。マリィ、貴様の力を見せつけよ』
空模様が急激に変わっていく。青空を覆う曇天が一気に辺りを暗くさせて、パラパラと雨を降らせた。
空に現れたのは黒く淀んだ、稲妻が走る魔法陣。
濃い魔力が肌にべったりと張り付き、気持ち悪さが伝わってくる。
魔物の足が魔法陣から、バチバチと激しい稲妻を放ちながら出てきた。
「お……おぉっ?! 嘘、でしょ」
廃鉱で見た岩ゴーレムなんか比じゃない、町の塔より背が高い、鋼のような肉体に腰と胸に特注サイズの鎧をつけてる。
「アイツは、と、トロールだ! で、デカすぎるぞ、あんなサイズ見たことがない!!」
誰かが魔物を『トロール』と呼んだ。
着地した瞬間地形が歪む。
地響きで避難途中の人が転んだり、ギルドの人もバランスを崩したりする。もちろん私も転びそうになるけど、壁に凭れてなんとか立てている。
太い五本指が町の障壁に触れた。
パリパリパリパリ、と薄い膜が剥ける。
亀裂が入りはじめ、縦に広がっていく……。
なんていうものを召喚したの、あの黒い毛玉ぁぁ!!
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