人助け

 真夜中、とうとう村から飛び出した。

 リュックを背負い、剣と軽装鎧を装備して、応急箱と魔導書も忘れず持つ。


『勇者は既に王都を出発し、魔王城に向かって進んでいる』


 真っ暗すぎてあの黒いもやもやした影が見えないけど、声は近くで聞こえる。


「なんかこう、瞬間移動とか魔法でできない?」

『魔法陣が刻まれている場所なら転移できるが、この近くに魔法陣はない。マリィ、貴様はまず名声を集めるため、橋を越えた先にあるギルドの町に行くのだ』

「えぇもっとこう飛ぶ魔法とか、強い魔物ならできるんじゃないの」

『勇者に選ばれたいのなら自分の脚で歩くのだ、マリィ』


 魔物らしからぬ発言……。

 まぁいいや、ギルドの町って名前だけでどんなところか分かりやすくて助かる!

 村が遠く、松明の揺らぎが分からなくなった辺りで、魔導書に載ってる照明の魔法を唱える。


『魔導書を見ずに唱えたのか……』

「廃鉱で一度唱えたからね。簡単で短い呪文だから覚えやすい」


 頭上でふわふわと温かい光が浮かぶ。

 やっと、周りが見えて助かった、魔物の黒いもやもやした影がようやく視界に入った。黒い毛玉みたいな形が空中でずっと動いてる。


『マリィよ、貴様を産み落とした親はどうしている?』


 なんだっていきなり、まだ知り合って一日も経ってないうえ、ちょっと協力する程度の関係性なのに、最深部をずけずけ聞くとは、なんてデリカシーがない魔物だろう。


「私会ったことないよ。物心ついた時には家族はカイル兄さんだけ」

『……なるほど』

「そっちこそ、アンタを生んだ魔王はどんな奴なの?」

『魔王は魔王だ。性格も、感情も、存在せぬ。マリィが望む答えとは異なるやもしれぬが、魔王は我々にとって絶対的強者である』

「ふーん、勇者になったら、倒しちゃっていいの?」

『——やはり、不可解で面白い人間だ、マリィ』


 黒い影の声色がどこか楽し気に聞こえた。

 さてさてギルドの町に繋がる橋まで、ひたすら進んでいくこと体感三時間。まともにご飯を食べられなかったから、お腹が空いてきた。

 見上げれば空の端っこが少しずつ、薄い明かりに変わっていく。

 馬車が対向できるぐらい広い橋、手前に人影が……。


「こらてめぇ逃げるな!」

「やだやだやだやだ、売らないで、食べないで、引っ張らないでぇ!」

「アニキ、こんなの売れないっすよ。役に立たないっす」


 全身をローブで隠す二人組——おそらく奴隷売人――が、か弱い人物を乱暴に引き摺ってる。

 両手を後ろに縛り、両脚に鉄の枷、顔が草と土で汚れまくった状態だ。

 橋を渡りたいのに、なんてまぁ邪魔なところにいるんだか。


『これは、名声を得るチャンスだ』

「えー助けなきゃだめ?」

『憧れの勇者になる第一歩と考えよ』


 まぁカイル兄さんならこの状況、絶対迷わず助けるか、剣を抜いて二人組に近づいた。


「ちょっとちょっと、そこの怪しい人たち。その子に乱暴しないでよ」

「あぁ? なんだガキ、仕事の邪魔するな」

「アニキ、あのガキの方が上玉っすよ」


 二人ともダガーを装備、身売りされそうになってる子は、女の子で兎のような耳をつけてるけど見た目は人間。身ぐるみ剥がされて特に何も持ってない。


「えーと、その子は私の、私の大切な知り合いだから、離してあげて。できないなら斬り捨てて、魔法で消し炭にする」


 剣を右手に、魔導書を左手に持つ。

 二人組は見合い、バカにした笑い声を漏らす。


「わははっガキが何言ってんだ。脅しにしてはチープだな、ガキに魔法なんて使えるわけねぇだろ、しかもなんだその安っぽい剣は――」


 こいつの隣にいる『アニキ、アニキ』と呼んでた奴に「安っぽい剣」とやらを突き刺した。

 胸にさっくり、と容易く沈み込んだ。


「おぁ、あに、き」


 適当に魔導書のページを手首で揺らして捲り、呪文を唱える。

 空中で熱を帯びた赤い魔法陣が波打つ。

 燃え盛る火の玉が飛び出し、男の全身を包み込んだ。

 吹き飛んだあと、橋の外、川へと落ちて流れていった――。


「お、ぁああああ、わる、悪かった! 解放するから、命だけはぁあ!!」

「よし、ゴールドちょうだい、それからこの子の荷物とかも、寄越せ」


 奴隷売人からゴールドをいくらか手にして、ついでに解放された子に荷物を渡す。


「すみませんでしたぁー!!」


 肉食動物より素早い動きで橋の向こうへ逃げていった。


「あ、ありがとうございます……あの、い、命だけはぁぁ――」


 兎の耳が後ろに垂れ下がって、何故か命乞いをしてくる。 


「いやいやいや、助けたのになんで?」

『ふむ……その娘は、獣人の一種。どうやら、マリィの容赦ない殺し方に恐れを抱いたのだろう』

「だ、だって、向こうは殺すつもりで来るんだから、こっちもその気で行かないと死んじゃうでしょ!」


 実際、村には魔物以外にも賊が来たこともある。

 カイル兄さんだって、村のみんなを守るために人を殺したことだってあった。

 何も、違わないのに――。


「た、助けてもらったのに、ごめんなさい……ワタシ、エリアっていい、ます」

「マリィ」


 エリアという子は、荷物から服を取り出して急いで身を包んだ。

 安堵の息をつき、潤んだ綺麗なルビーの瞳と目が合う。


「あの、マリィさん、お礼になにか、したいです。ワタシの家、ギルドの町に」

「えっほんとに? お腹空いたからご馳走して!」

「は、はいっ」


 エリアが安心の笑みを浮かべてくれた。

 よしよし、警戒を解いてくれたかな、助け方も気を付けないとダメかぁ。


『ちょうど良い。町の者なら名声を得る協力を仰げるだろう』


 お礼にご馳走してもらえるなんて、人助けをして良かったと思えたのは生きてて初めて! よーし、俄然やる気が出てきた。絶対女神に選んでもらうぞ!

 エリアの案内で、意気揚々橋を渡っていく。


「てか、なんで奴隷売人に捕まってたの?」

「ワタシみたいな亜種は、大昔から奴隷として扱われています。肉体労働、夜の世話、儀式の生贄、いろんなことに使うため、ワタシたちを――」


 深刻な話になりそうな途中、焦げた臭いが漂ってきた。

 エリアが、「あぁっ」と橋の向こうを見て驚く。


「え、なに?」


 さっき逃げたはずの奴隷売人が立っている。


「さっきはよくも仲間をやってくれたな! ここから先は行かせねぇ!!」


 バチバチと火花が散ってる玉を何個か、橋に向かって投げつけてきた。


「——は?」


 玉が橋に落ちるや否や、鼓膜と臓器を揺らすほどの激しい爆発が鳴る。

 足場が、崩れる――。


「うっそぉおぉぉ!?」

「わわわわ、ヤダヤダヤダヤダぁああ!」


 エリアの甲高い叫び声と一緒に川へ、ドボン!

 川の中に沈み込んだあと、そのまま浮力で水面に顔を出す。

 大きく息を吸い込んだ。エリアを探すと、荷物を離すまいと耳より上に持ち上げている。

 しまった、剣がっ! 魔導書も流されてく!

 くそーあの奴隷売人め、あとで絶対痛い目に遭わせてやるぅぅう。


「ま、マリィさん! ぷぁ、ワた、ワタシに、ふぅ、掴まって!」

「ぷぁ、掴むの?!」

「は、はやくぅ!」


 結構流れが速いから、なかなかエリアに近づけない。


「あぷあぷぅぅ」


 エリアの顔半分が水面から出たり沈んだりして、このままだと溺れてしまう。


「このぉおぉ!!」


 てかあの黒い影、何やってんの!?


『マリィ――水の魔法を唱えるのだ』


 どこにいるのか分からないけど、声だけはハッキリ聞こえる。

 咄嗟に、覚えている呪文を唱えた。

 水の魔法って確か、ゴーレムを崩した時のやつだ。

 勢いよく、足を持ち上げるほどの水圧に押されて、私の体が完全に川から投げ出されてしまう。


「うぁぁあああ!」


 山なりになって、エリアに向かって落ちていく。

 必死にエリアにくっつこうと手を伸ばした――エリアにぶつかる勢いで抱き着くことに成功――瞬間、辺りが大きな光に包まれた――。





 

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