第4話 ②家についてから

 家に帰ってからも、桂子はフードコートの中学生達の話が気になって仕方がなかった。

あれって結局何の話だったのかしら。何かの宗教団体が生贄とかで誰かを殺しちゃうの?

けれどもテレビどころかネットニュースにも出ていないから、やはり地元の中学生達の間でのみ話題になっている噂話的なものなんだろう。

まあ、そもそも自分には関係ない。

あんな話が本当なら警察が捜査してるわよね。

夫を夜勤に送り出す頃にはそんな風に思い直し、台所で洗い物を始めるころになると、そんな話はもうすっかり忘れていた。


夜11時のニュースを見ていると、東京で会社員をしている長男の大地から

『今話せる?』とラインが来た。

桂子はもちろん即座に電話をかけた。

「もしもし大君?電話なんて久しぶりじゃん。何、どうした?」

「母さん、父さんもいる?」

「パパは夜勤だから。何、どうかしたの?」

「いないのか。しょうがない。ユーチューブにさ、優にそっくりな奴が出てるんだよ。」

「へえ、そうなんだ。」

「そっくりなんだよ。名前違うけど。ちょっと見てよ。」

「うん。わかった。後でみてみるね。」

「今見てよ。」

「大地の声はだんだん大きくなり、苛立ちが入ってきた。」

「大君、なんで怒ってるの?」

「怒ってないよ。いいから見てよ。どう見ても優に見えんだよ。名前違うけど。」

「優君が偽名使ってユーチューブに出てるってこと?」

「わかんないんだよ。だから母さんも見てよ。」

「何って検索すればいいのよ。その偽名?」

「愛と献身の家っていう宗教団体知ってる?それのPR動画みたいなやつなんだよ。」

「何よそれ。わかった、見てみる。いったん切るね。」

「切らなくても見れるだろ。」

思いがけない強い口調だった。

大地はなんで怒っているのよ。そう思いながら愛と献身の家で検索をかけると、

その動画はすぐに出てきた。


「優君だ。」

「だろ?」

「明日に備えてお清めって何なのよ!」

「静かにちゃんと見ろよ!」

「何、何、何、なんて言ってんの。」

「だから自分でちゃんと聞けよ!」

「何よこれ!」

「母さんがうるさいから俺まで聞き損ねたよ。少し黙ってろよ!」


結局、桂子は2回目も黙って見ていることができなかった。

3回目は大地に電話を切られてしまい、聞いてくれる人がいなかった結果として

1人黙って見ることが出来た。

まず水を飲んでから優のスマホに電話をかけた。

そうなると思っていた通り、つながらなかった。

ネットで電話番号を調べて、愛と献身の家にもかけてみたが、留守番電話になっていた。仕方なく、再び大地に電話をかけた。


「大君。」

意外に冷静な声が出せた。

「あ、落ち着いたか。」

「うん。」

「母さんの慌てぶりで俺は冷静になれたんだけど、あのさ、この身を投じてってやつさ、優が死んじゃうわけじゃなさそうだよね。単に一生懸命お祈りする的な感じというか。」

「そうかなあ。」

「あの教団ってさ、今まではそんなヤバい話なかったらしいよ。ネットの噂だけど。」

「そうなの?」

「うん。だからさ、もしかするとただお祈りとかするだけかもしれないよ。」

「それならいいけど。」

「母さんが落ち着いて良かったよ。」

「ありがとう。だけど、私一応今から警察に相談しに行ってくる。何かしてくれるかもしれないもん。」

「そうだね。」

「それから、明日になったら、その、愛と献身の家にも行ってみるよ。」

「えー大丈夫?俺も一緒に行こうか。」

「大丈夫よ。だって何も起こす気ないかもしれないし。それにほら、いざとなったらままにはおまじないがあるからさ。」

「おまじないって・・・。まあ俺は何も起きないと思ってはいるけど。」

「あのさ、優君のあの偽名。なんであんな名前なんだろ。」

「わかんないよ。適当につけたんじゃない?」

「そっか。まあそうよね。じゃあ、警察行ってくる。切るね。」


 大地の言うようにきっと大丈夫だ。今までずっと静かに暮らしてきたんだもの。

それにしても優君のあの偽名。あの子はどうして知ったのだろう。

奥川役司。息子たちには教えていない、桂子の死んだ父親の名だった。

父親の名前だけではない。18歳で故郷を離れて以来、桂子は実家についても故郷についても、誰にも何も話してこなかった。


桂子は出かけられる服装に着替え、簡単に化粧をしながら警察にどう説明したらいいかを考えた。そうだった、夫の修。なんて話そう。あの人はこういうの嫌がるだろうな。息子が死ぬかもしれない時に、こんなことが頭をよぎる。

あの人には黙っておこう。そう決めてから心の中でつぶやいた。

「シロイシサマクロイシサマ私の願いを叶えてくれる?願いが叶ったそのあとで、

あなたの願いも叶えてあげる。」







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