雨体質と青空マニキュア
根古谷四郎人
雨体質と青空マニキュア
私は、クラスメートの
180センチの長身、がっしりした肩に角刈り頭。サッカー部に所属し、ポジションはキーパー。クラスではいつも友達に囲まれて、仏の様にほほ笑みながら皆の話を聞いている。
「いいなぁ……。」
私はクラスの隅で、気づかれないように天野君を見つめている。私の気持ちは、誰にも悟られたくないから。
「私のせいだ……。」
「風香神なん?人間1人の力でこんな大雨降らないよ。」
うなだれる私に、親友の秋那が慰めだかよく分かんない言葉を掛ける。だが、電車の窓には激しく雨が打ち付けている。朝の天気予報では、少し小雨がぱらつく程度、と言ってたのに。
「……晴れ女になりたい。」
私はぽつりと呟く。雨の度に思い出すのは、中学2年生の夏休み明けの初日。同級生に言われた言葉が、今でも脳にこびりついている。
「おい雨女!お前のせいで純が足挫いたじゃねぇか!」
夏休みに行われた県大会の最中、突然ひどい雨が降り出した。サッカー部のエースである純君はぬかるんだグラウンドで転び、足を挫いてしまったらしい。その日、私は同じ敷地内の公園で犬の散歩をしていた。どうやらそれを、チームメイトが見たらしい。当時、私が雨女なのは周知の事実だったけど、ここまで雨が降った事を責められたことはなかった。
「ちょっと!風香のせいにしないで!」秋那がやってきて男子を睨みつける。
「うるせーな!コイツのせいでいっつも学校で練習が出来ない!だから本番負けちまうんだ!」
「うわダッサ。自分が下手なのを風香のせいにしてる。」
「なんだと!?」
「何?やるの?!」
「やめなさい!」
二人が取っ組み合いを始めたのを、先生が何とか止めた。私は自分が雨女なばかりに誰かに怪我をさせ、友達に取っ組み合いのけんかをさせてしまったのがショックだった。もう、誰にも迷惑をかけないよう、学校以外では外に出ない事にした。修学旅行は無論欠席。
「気にせず来ちゃえば良いじゃん。私は風香と行きたかったな。」
「駄目だよ。台風が直撃するとこだったから。」
本当は、私だって行きたかった。でも、それをやると誰かに迷惑がかかる。ああ、晴れ女だったら、こんな事にならなかったのに。
「よっ、天野!明日の試合もよろしくな!」
「別に、僕が晴らせてるわけじゃないけどね。」
「何言ってんの日光菩薩!今のとこ、連続晴れ記録更新中じゃん!」
天野君のあだ名、日光菩薩。理由の一つ目は、家がお寺だから。もう一つは、超が付くほどの晴れ男だから。「ゴールと天気の守護神」と呼ばれ、彼の出る試合は一度も雨が降っていない。天野君が登校する日は、私が学校に近づいても天気は晴れ。
「いいなぁ……。」
私は天野君に憧れている。彼が、晴れ男だから。
「行ってきます……。」
今日は土曜日。それでも私が学校に行くのは、忘れ物をしたから。食べきれなかった白飯が入ったお弁当箱を土日置きっぱなしにしたら、何が起こるか分からない。
「あるとしたら、部室か。」
なるべく早く済まそうと、駅から自転車を全速力でこぎ始めた。学校に近づけば近づくほど雨が激しくなり、到着するころにはすっかりずぶ濡れになった。どうか、運動部の練習がありませんようにと願いながら駐輪場に向かった。
「嘘!?」
だが、そこには雨宿りをしているサッカー部の姿があった。中学の時の記憶がよみがえり、私は息が詰まる。踵を返し、自転車を玄関の近くに停め、逃げるように校舎の中へ。部室は1階の突き当り。誰もいないはずの部室に飛び込んだら、床が濡れていた。辿っていくと、大きな影。
「―天野君!?」
「うわ!?」
天野君が驚いた顔で立ち上がり―かけて足を滑らせ、机に思いきり頭をぶつけた。
「いやぁっ!大丈夫ですか!?」
「大丈夫、大丈夫。」
そう言いつつも、頭を抱えてなかなか起き上がらない天野君。
「あ、足が濡れたから、滑っちゃった……はは。えっと、ごめ」
「ごめんなさい!」
「え?」
私は、頭を深く深く下げた。というより、天野君の顔が見れなかった。
「私のせいで、あ、頭、怪我させてしまって。私、ひどい、雨女なので、びしょ濡れになって、で滑って……。」
ボロボロと涙がこぼれる。私、誰にも迷惑をかけないよう、いっぱい我慢して、閉じこもって来たのに。どうして誰かを怪我させてしまうの?
「ひ、日比さん」
「ごめんなさい。謝って済む事じゃないけど、でも、どうやってお詫びしたらいいか分かんなくて」
「日比さん!」
「ふぇ!?」
急に肩を掴まれて、変な声が出た。正面に、天野君の顔。
「えっと、僕、頭怪我してないよ。」
「え……。」
「ほら、たんこぶにもなってないよ。痛かったけどね。」
頭をなでながら見せる天野君。でも、髪の毛のせいで腫れてるかどうか分からない……。
「それに、雨も日比さんのせいじゃないよ。僕も雨男だから。」
「……え?」
「僕もさ、名前に
「で、でも!天野君が出る試合って雨降った事ないって」
「あー、それは……。」天野君は少しバツが悪そうな顔になる。周りを伺い、小声で言った。
「誰にも言わないでくれる?」
私が頷くと、天野君は自分の足を見せてきた。ペディキュアが塗ってある。しかも、普通じゃない。真っ青な下地の上に、雲の絵が描かれているんだけど、その雲が動いている!
「え、こ、これなんですか?」
「青空マニキュアだよ。僕はバレないように足に塗ってるけど。」
天野君が横に置いた鞄から小瓶を取り出す。本当に青空みたいな色をしたマニキュアの瓶だ。
「これを塗ると、絶対天気は晴れなんだ。だから、僕は毎朝これを塗って登校してる。指ではがせるから、爪も傷まないし。」
天野君が爪をこすると、青色がみるみる剥がれていく。
「小学生の時、雨男だからってサッカーチームに入れてもらえなくて。それで泣いてたら、姉ちゃんがくれた。塗ってからは、晴れ男って珍重されるようになっちゃって。嬉しかったけど、ちょっと身勝手だよね。だって、自分に得だったらちやほやして、損だったら責められるんだから。」
ちょっぴり怒ったように言う天野君。いつも温厚で、怒るイメージが無かった私は、内心意外に感じた。
「でも、今日は朝寝坊して、片足しか塗れなくて。それで早く効果が切れちゃったんだ。こうなると、元は雨男だから大雨になって。だから昼休憩のうちに急いで塗ろうと思って。ここなら人に見つからないだろうし。」
「そうだったんですか……。」
「もしかして、文芸部?ごめん。今までも何度か無断でここ使ってた。」
「あ、はい!どうぞ!土日は誰も入りませんし。あ、わ、私は忘れ物取りに来ただけなので!」
私は自分の手提げかばんを見つけると、素早くそれを手に取った。
「じゃ、そういうことで!」
「あ、待って!」
出て行こうとする私の腕を、天野君が掴む。
「今帰るのは危ないよ。雷鳴ってるし、風も出てる。」
「で、でも、私も雨女だから、ここにいたらますます天気が悪化するし。」
「だから、これ塗るまで待って。」
天野君が青空マニキュアを取り出した。「そうだ、日比さんにも塗ってあげる。」
「え!?」
「同じ悩みを持つ人に初めて会ったから、正直嬉しかったんだ。それに、泣いてる日比さんみたら、小学校の時の自分思い出しちゃって。」
そう言いながら、天野君は慣れた手つきで私の爪にマニキュアを塗っていく。
「試合で雨の度にお前のせいって言われて、責任感じて。」
「あ、同じだ……。」
「でも、大多数は冗談なんだよ。こっちはすごく傷つくのに。」
「分かります。」
「で、周りの声が怖くて家に閉じこもって、修学旅行もパスして」
「分かります!」
「それでも降る。じゃあ僕は何のために我慢ばっかしてるんだ!って」
「分かります!!」
天野君の共感率100パーセントのエピソードに、私は赤べこの様にずっと頷いていた。逆に、私の話を、天野君が「そうそう!」「あるある!キツイよねそれ!」と毎回唸りながら聞いてくれたのは嬉しかった。天野君がこんなに感情豊かに喋るのも初めて見た。
「よっし!完成。」
天野君が私と自分のマニキュアを塗り終えた時、天野君のチームメイトの声がした。
「やべ、もう行かなきゃ。あ、じゃあこれ。」
天野君が青空マニキュアの瓶を私に手渡す。
「え?でも」
「僕は、家にもう1個あるから大丈夫。さっきも言ったけど、日比さん見てるとなんか悩んでた時思い出しちゃって。これ使うとさ、だいぶ楽になるよ。」
「……ありがとうございます。あの……」
「ん?」
「……ま、また雨女話してもいいですかッ?」
あああ、声が裏返った!恥ずかしい!ただでさえ雨女で人を避けてきた私が、急に異性と話せるわけないんだけど。まして、憧れの人を前に!
「……うん!是非!これがほんとのアメトーーク!!だね。」
決まった、って顔の天野君を見て、私は噴き出す。胸に、陽だまりのような温かさが広がる。
「ちょっと待ってLINEを―あ、鞄部室だわ。ごめん、月曜日に教えるよ。」
「はい!分かりました。あの、試合、頑張ってください。」
「ありがとう。日比さん、気を付けて帰ってね。」
手を振りながら、駆け足で部室を出て行く天野君。遠くで、チームメイトと親し気に話す声が聞こえてくる。部室には、心音を1人高鳴らせる私が残った。
私は、天野君に憧れている。
―でも、それは彼が晴れ男だからではない。
雨体質と青空マニキュア 根古谷四郎人 @neko4610
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