あなたにとびきりの幸せを

蒼雪 玲楓

幸せを願う日

『ひな祭りを全力で満喫することに付き合え』


 それは、つい昨日のことだった。

 バイト先が同じで、大学では先輩にあたる甘菜 桃音あまな ももねさんにシフトの終わり際に突然そんなことを言われた。


 予定が何も入っていないことは数日前に雑談で話したからバレているし、テストやレポート、おすすめの講義選びなどで桃音さんにはそれなりに借りがあるから断ることもできない。

 元々断るつもりもなかったが、そのことを理解した上でニヤニヤと笑みを浮かべて誘ってきた表情が若干腹立たしかったことだけは記憶に強く残っている。


「それで、ひな祭りを満喫って何するんですか」

「安心してくれ、プランは考えてある」

「答えになってないし、その言い方でろくでもなかったことが何度もあるから聞いてるんですって……」


 そうして一方的に言われた通りの時間と場所に集合し、開口一番に確認をしてみるも、返ってきたのはこんな答えだった。


「それよりも、だ。何か言うことがあるんじゃないか?」

「言うこと……予定は一応聞きましたし、何かあります?」

「あるだろう! こういう時は相手の服装を褒めたりするのが常識だ」


 そう言って自身の着ている服を見せつけるかのようなポーズをする桃音さん。年上ではあるものの身長が平均よりも小さく小柄なことも合わさって、どこか微笑ましく思えてきてしまう。


「いや、いつもはそんなこと言わないのに急にどうしたんですか」


 桃音さんと遊びにいくのは今日が初めてのことではなく、これまでに何度もやってきている。しかし、その時に服装を褒めろなんてい言われたことはなく雑に誘われては雑に遊んで解散というのがほとんどだ。


「今日はいつもとは違うからな。それじゃあ、クイズだ。ひな祭りはどういう意味合いのイベントだ?」

「意味合い……んーと………………」


 桃音さんから出されたクイズの答えを考えてみるもクリスマスやバレンタインのようにぱっとそれがどんな日なのか浮かんでくることはなく、思い出すことができたのは人形を飾るということとあられを食べるような気がすると、その程度。

 そこから連想したところで、答えが出てくるとは全く思えない。


「……降参で」

「まったく、随分と早い降参だな。いくつか説はあるが、メジャーなものは女の子の健康と幸せを願うものだ」

「なるほど。それで、それがどうして桃音さんの服を褒めることに繋がるんですか」

「ほんっとに、鈍いな……褒められれば私が幸せになる、つまりはひな祭りの意義と同じじゃないか」

「はぁ…………」


 暴論と言うか、理論が雑すぎると言うか、思っていた以上にしょうもない理由に思わずため息がもれてしまう。

 そして、この理論を当てはめるとひな祭り満喫するという言葉の意味もなんとなくは予想ができるようになる。


「つまりは、今日は桃音さんの好き放題のやりたいことに付き合って楽しませろと、そういう趣旨ですね?」

「全部じゃないが、正解だ。そういう訳で早く褒めてもらおうか。これでも気合いは入れてきたんだぞ」


 そう言われあらためて今桃音さんの服装を確かめてみると、よく見る機能性を重視した組み合わせとは違って明確にお洒落さを重要視したものであることがわかる。

 自分から褒めろと言ってきてはいるものの、そもそもが俺と遊ぶ為に気合いを入れてきてくれたのだとそう宣言した。


 そのことに気がつくと、無意識的に口から言葉がこぼれ落ちていた。


「今日の桃音さん、いつもよりすごく可愛いです」

「そ、そうか……会った時点で言えば満点だったが、許してやる」


 自分から褒めろと言ったくせに照れて頬を赤くしながら顔を逸らす姿に、今までとは違った何かを思わず感じてしまう。

 そんな自分を誤魔化すように、あらためて今日のことの話題を振る。


「そ、それで。まずはどこに行くんですか」

「いくつか考えてはいたんだが……予定変更だ。最終目的地を最初に行く」

「は、はぁ……」


 どこへ連れていかれるのだろう、そんなことを考えながら桃音さんの少し後ろを歩く。

 さっきの話の内容のせいか少し気まずく、いつもより口数も少なくなる。いつもならこんな時にたくさん話しかけてくる桃音さんもどこか大人しく、無言の時間が増えてしまう。


「さて、着いたぞ」


 そんな珍しい時間は、思っていたよりも早く終わりを告げた。

 目的地は集合場所から歩いて15分程の広い公園だった。

 特にこれと言ったイベントがされていたりというわけでもなく、休日の昼間として順当に遊んでいたりする人がいるという感じだ。


「どうした、そんな顔をして」

「その……正直目的地が意外だったな、と」


 普段の桃音さんから考えると、目的地はのんびりとすごせる場所よりも何かをして楽しむ場所だろうと思っていた。

 一応、今から公園で遊ぶと言われる可能性もなくはないが、いつもよりも気を付けた服装で着ているのにそんなことは言わないだろうとそんな予感がある。


「あー……まあ、普段の私からするとそうだろうな。自分でも柄じゃないことをしようとしている自覚はある。とりあえず、そこ座るぞ」


 言われた通り、近くのベンチに並んで座る。

 横に並んで座ること自体はこれまで何度もあったが、今はその様子が少し違っていた。


 いつもは少し間を空けて座ってくる桃音さんが今日はそこを詰めてきて、少し動くだけで肩や腕が触れあってしまうくらいの距離にいる。

 それだけでさっき言った柄じゃないことを、普段の桃音さんとは違う何かをしようとしているのだということが伝わってくる。


「さて……今日はひな祭りで女の子の幸せを願う祭事だという話はさっきしたわけだが」

「そうですね、それ繋がりで服装を褒めろって言われたわけですし」

「あれだけでも自分が想像していた以上に幸せな気持ちになって正直驚いたんだが……私が幸せになるかはここからの話が本題だ」


 そう言うと桃音さんは更に距離を近く、体が触れ合うくらいまで近づいてきて俺の手を握った。


「女の子の幸せっていうのはまあ、色々あるとは思うんだが……やっぱり一番は、その…………恋をすること・・・・・・、だと思うんだよな。はは。ほんと、普段のキャラに合わないこと言ってる自覚はあるけどさ」


 こんな状況になって、そんなことを言われれば桃音さんの言わんとすることはだいたい予想がつく。

 今までそんな素振りはなかったし、驚いてはいるが何も言わず言葉の続きを待つ。そうしなければいけないという雰囲気がある。


「最初はただの学校とバイト先が同じっていうだけの後輩だったのに、遊んだりしている内にいつの間にかさ…………好きになってたんだよ」

「…………」

「そう気がついてしばらくは普段話したり、遊びに行くだけで満足してたし、何も言うつもりもなかった。でも、もうすぐ学年も上がって進路もちゃんと考えないといけないってなって気がついたんだ。このままの関係が続く保証はないし、会えなくなるのは嫌だって」


 桃音さんの言葉は、俺にも刺さる内容だった。

 出会ってから仲のいい先輩後輩という関係で、それは無条件で続いていくんだと勝手に思い込んでいた。

 しかし、桃音さんの言うようにそれが続いていく保証はなく、学年が上がればその前提が崩れることもありえるのだ。


「だからさ、特別な関係が欲しくなった。学年が上がったりしても変わらない、一緒にいられる証明が」

「桃音さん……」


 ぎゅっ、と握られた手に力が込められ、言葉だけでなく、体でも桃音さんの想いが伝わってくる。


「今日だって本当は一日遊んで、最後に言いたいことを言うつもりだった。いつもより私のことを意識させて、それで少しでもチャンスに繋がれば、なんて思ってたのに…………我慢ができなくなった。自分から言わせて褒めてもらったのにそれが嬉しすぎた。普通に遊ぶよりも……いや、ここからはちゃんと言ってからだな」


 桃音さんは俺の手を握ったまま立ち上がる。

 そのまま正面にまで来るともう片方の手でも俺の手を握り、俺の手は桃音さんに包まれることになる。


「すぅ……」


 一つ、深呼吸をした。

 見つめ合うくらいの距離にいるから、それだけの動作でも思わず視線が集中してしまう。


「私は、あらたのことが好きだよ。友人として過ごすんじゃなくて、恋人になってほしいって、私を彼女にしてほしいって、そう思ってる」


 ここまでの流れでその言葉が予想できなかった、なんて唐変木のようなことを言うつもりはない。

 それでも、わかっていたとしても実際に告げられた衝撃はとても大きかった。


 今日まで色々な表情を見てきたはずなのに、今目の前にいる桃音さんの表情は全く違ったものに、過去のどんなものよりも魅力的見えてくる。

 告白されて浮かれているから、そう言われても仕方ないのかもしれない。


 それでも、確かなことが一つある。


 桃音さんともっと一緒に過ごしたいと、会えなくなるのは嫌だとそう思う気持ちに間違いはない。


「私を……幸せにしてくれるか?」


 その問いに対する答えを、俺は言葉よりも先に行動で示した。


 自由に動かせるほうの腕を桃音さんの背中に回し、そのまま抱き寄せる。俺の手を両手で握っていたせいでバランスが取りにくかったのか、桃音さんが俺の胸元に倒れこんでくるような形となった。


「桃音さん、俺も好きです。俺の恋人としてずっと隣にいてください。二人で幸せになりましょう」

「ああ! もちろんだ!」

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