第4話 雪と故障(2)
* * *
だいぶ着込んだつもりだったが、出張先は予想以上に寒かった。
割高ではあるが、懐炉の魔法道具をお腹周りに張り付ける。じんわりと温かくなってきて、少しは寒さが遠のいた。
降り積もった雪は、容赦なく地面を白く覆っていく。既にそれなりに積もっており、歩く度に長靴を雪から引っこ抜かなくてはならなかった。
タチアナとキムがハーマンに案内されて着いた場所は、山の中腹にある古びれた建物。何度か改修工事を繰り返しているそうだが、建て替えの予定はないという。
暖房器具が効率よく働いておらず、寒いのだろうなと思いながら、中に踏み入れた。
中に入ると、風がないためか、思ったよりも暖かい。
帽子と襟巻き、そして手袋を外していると、建物の奥から眼鏡をかけた男性が出てきた。少しやつれているように見える。
ハーマンと同じか少し年齢が上くらいの男性は、三人を見ると、軽く頭を下げた。
「遠いところから、わざわざお越しいただき、本当にありがとうございました。私の名前はトリルと申します。本日はよろしくお願いします」
タチアナたちも自己紹介を含めて、軽く挨拶をする。
それを終えるとハーマンがトリルと向き合った。
「では、話にあった機器がある部屋に案内してください」
「わかりました。こちらです」
トリルは背を向けて、建物の奥に向かって歩き出した。
途中、階段で二階に上る。部屋数の割には人があまりいないのか、しんっと静まりかえっていた。
「昔はこの地区も栄えていたので、建物内も人で溢れていました。しかし、今は近隣の主要な工場が撤退した影響か、町の人口が減りました。必然的に出先機関に置く人数も少なくなっています」
「トリルさんは、ここで働いている期間は長いのですか?」
「私はまだ二年程度です。途中で人がやめてしまったため、窓口業務だけでなく、検査業務も兼務しています」
タチアナは耳を疑った。検査を兼務している人は初めて見た。
しかも窓口との兼ね合いとなると、時間の融通が利かず、かなり時間のやりくりが大変になるのではないだろうか。
ハーマンも同様のことを思ったのか、驚いたような声を漏らした。
「それは……大変ですね」
「いえ、検査はほとんど依頼がありませんから、心配されるほど大変ではありません。急ぎの検査の場合は、他の職員に窓口をお願いして、検査に集中できる体制にはなっています」
「それでも検査のことを学びつつ、窓口をこなすのは、大変だと思います」
「仕方ありませんね、私も魔法使いの端くれ。検査は私がしないと、他にできる人がいませんから」
“検査室”と書かれたドアの前に到着する。
トリルは持っていた鍵で開けると、中には検査機器が三個置かれていた。
そのうちの正面にある機器には、”故障中”と書かれた紙が貼られていた。
四角い箱の左隣に、四角い台が置いてある。この台に検査したい物を起き、機器を作動させるのだ。
「こちらの全属性判定機器が動かなくなりました。いざ、分析を始めようとボタンを押したのですが、動きません。私なりに説明書を読み込みましたが、故障原因はまったく分かりませんでした。
ハーマンさんに連絡をとったあと、助言を受けて業者にも連絡を入れましたが、この雪の影響で到着は遅くなるとのことです。……何かわかりますか?」
聞かれると、すぐに三人は機器に近づいた。
まずは基本的な確認から行っていく。
電源は繋がっているか、部品はすべて付いているか、余計な物は挟まっていないか――など。
次にタチアナは手をかざし、無駄な魔力が残っていないか確認した。
機器に触れ、内部を探るように魔力を感じ取ろうとする。
機器分析に必要な魔力は漂っている。局でも扱っていた機器のため、これらの属性があることについては、何も問題はない。
タチアナは手を引っ込めて、ハーマンをちらりと見て、首を横に振った。
それだけで理解したハーマンは、腕を組んで息を吐き出す。
「トリルさん、再度確認しますが、説明書に書いてある、”故障した場合”という内容はすべて確認したんですよね?」
「もちろんです。しかし、どれを対応しても、動きませんでした」
「つまり、そこには載っていない内容ということですね。――キム君」
「はい」
キムは背負ってきたリュックから、一冊の冊子を取り出した。
それは局に置いてある、全属性判定機器で今までに起きた、故障や対処方法が書かれているものだ。故障内容については、説明書に書いていない内容も含まれている。
「次にこの内容を一つ一つ確認していこう」
ハーマンが促すと、キムは早速冊子を片手に作業に乗り出した。
タチアナも彼の隣で手伝おうとした瞬間、突然部屋の中が真っ暗になった。
誰もが息を飲み、動けなくなる。暖房器具も止まり、しんっと静まりかえった。
「停電……?」
ぽつりと呟いた言葉。タチアナの声は心なしか震えていた。
少しして、ある一角で光が現れる。トリルがランプに光を灯したようだ。数歩離れて様子を見守っていたが、停電を受けて、タチアナたちの方に寄ってくる。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「私は大丈夫です。何が起きたのでしょうか」
「何かの影響で電力が落ちたのか、雪のせいで断線したのか、ここではわかりません。ですが、非常用電源はありますので、すぐに明るくなりますよ」
話している間に、再び部屋に明かりが戻った。止まっていた暖房機器も動き出す。
ほっと一安心したところで、タチアナの方に振り向いたキムの表情が強ばった。
「タチアナさん、大丈夫ですか?」
「え?」
「顔色が悪いです。表情も怖いですし」
タチアナは軽く自分の左頬に触れた。鏡を見ればわかるだろう、酷い顔になっているということに。
心当たりはある。
だが、それを言って、皆に心配をかけたくない。
「……移動の疲れが出たみたい。椅子に座って休んでいるから、キム君は作業を進めて」
「わかりました。無理しないでくださいよ」
入り口近くにある椅子に腰を下ろす。それからポケットに入っていた懐炉を取り出し、両手で握りしめた。
静かに深呼吸をして、心を静める。
そして自分に、大丈夫、大丈夫……と言い聞かせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます