第2話


「……」


 思い出すのは、あいつの遠慮がちに笑った顔。あいつは自分の事を「友達」と言ってくれた。


 前世でのリンはいつも周りから距離を取られていたから、たったそれだけの言葉が本当に嬉しかった……。


 言葉に出して言った事はないが。


 本当はもっと話したかったが「時間」というのはどうしても有限で、それでも名残惜しくなってガラにもなく帰る前には毎回「また会いに来る」なんて決まり文句の様に言っていたほどだ。


 でも、本当にもっと色んな事を話したかったのは事実である。


 それこそ、自分の好きな事もあいつの好きな事も興味のある事だってもっと聞きたかった。


 それに、聞けるとも思っていた。だからぶっきらぼうだと思われてもあまり口にはしなかった。でもっとお互いの事を知ってそれから先だって仲良く……。


 そう考えていた。だって「普通」はそうだろうと思っていたのだから。


 でも、それはあくまで「普通」というだけの話で「当たり前の事」ではないと、その瞬間になってようやく気が付いた。


 ただ、その瞬間になって気づいたところでどうしようもなかったが。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 その日。リンは夕方の日が傾いてその光があまりに眩しくて目を細めながら横断歩道を歩いていた。


 その当時は見た目こそ「ガラが悪い」とか「ヤンキー」だとか散々な言われ方をしていたが、基本的に社会のルールは守るタイプではあったはずだ。


 リンが横断歩道を歩いていた時の信号は青。


 いくら夕暮れ時で周りが見づらくなっていたとは言え、キチンと信号を確認して車が来ていない事も上で、歩いていたはず……なのに、ちょうど横断歩道の真ん中を歩いていたところで突然大きなクラクションが聞こえ、顔を向けた頃にはトラックとの距離はほとんどなくなっていた――。


 そしてその後……自分が前世でどうなったのか詳しい事は分からないし知らない。


 ただ、今となって言いたい事は「あいつとの『明日またここに来るな』と言った約束を守りたかった」という事だけ。


 そもそも、キチンと青信号を確認した上で横断歩道を渡っていたそれはちゃんと自分の目で見たから分かっている。


 だから悪いのは確実に運転手の方だ。


 ただ、それはあくまで結果の話。


 トラックと人間では当然人間の方が力が弱く、その場でどうする事も出来なかった俺の脳裏に最後流れたのは今までの走馬灯なんかではなく……あいつの顔だった。


 それと同時に「ああ、これはダメだ」と悟り、あいつとの約束を守る事は出来そうにない……と思った時にはもうすでに遅くて……。


「……」


 こうして転生した物語の主人公たちは最初に何を思うのだろうか。


 どちらにしても、きっと「今回こそ天寿を全うしたい」と考えるに違いない。だからこそあがいて物語が進むのだから。


 しかし、今の自分の置かれている状況は「絶望的」以外に表現のしようがない。


 前世の記憶を取り戻したとは言え、自分の前世は普通の高校生。しかも、この世界ではただの庶民。その上、両親はいないどころか分からない。しかも頼れる大人を知らない子供。


 こんな状況で希望を持つ方が難しい。


「――ねぇ」


 完全に悲観的になっていた彼だったが、ふいに頭上から少女の声が聞こえた。


「?」


 見上げると、そこにはフードを被った少女。ただ、そのフード自体細かい刺繍が施されており、その隙間から赤茶色のキレイな髪がチラチラと見え隠れしている。


 これを見ただけで分かる。彼女はきっと自分とは全く違う立場の人間なのだと悟った。

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