エクリシア世界編:第3話 国際編成義勇兵連隊
「状況は分かったけど……私にはまだ信じ切れない部分が多いわね」
レミューと呼ばれている金髪の軍人はまだ私を疑っている。軍人だから仕方ないとはいえ、こうも信用されないと少し悲しい。
「えっと、レミューさん。私たちは本来この世界の住民ではないので……」
「レミュラだ! その名で呼んでいいのはミィナだけよ。ああ、まだ名乗っていなかったか……私はレミュラ・イェラシェン・フォン・ナルヴァ少尉。国際編成義勇兵連隊で第334小隊の隊長をやっている」
レミュラさんの地雷を踏んでしまいどやされてしまった。こういう時の会話は気を付けろと所長に言われていただけに、うっかりしていた。
しかし、『国際編成義勇兵連隊』とは変わった組織名だ。10年前の観測データにも名前は残っていた気がするが、少なくとも軍事組織なのは確かだろう。
「まあまあレミュー、そんなにこだわらなくても……あ、私はミィナ・サルヴィアラーネ・ラヴァルテンシュレーヴェン。書類上は伍長だよ」
2人に自己紹介されるが、ミィナさんもレミュラさんも本名が長い。レミュラさんは見た目通り厳格な軍人だが、ミィナさんは戦闘してなかったらどこかのほほんとしている。なんとなくベルタを思い出してしまってちょっと懐かしさも感じてしまう。
「書類上……?」
「そうそう。私の本業は本の編纂なんだけど、レミューに頼まれて小隊の通訳ボランティアをやってるの。だから手続き上は伍長として登録されてるってこと」
私の疑問にミィナさんは明るい声で答えてくれる。通訳のボランティアを必要とする事は、この世界にはかなりの言語があるようだ。つまり、それだけ多くの種族が存在する事でもある。
「マスター、緊急治療は終わりましたがこのままでは危険です。直ちに医療施設への移送を提案します」
ウラヌスが治療を終えて報告してきたが、やはり容態は良くないらしい。それを聞いたレミュラさんは顎に手を当てて少し考え込んでいる。
「ウラヌス……だったわね。あとどれくらい持つ?」
「現状のバイタルでは30分が限界かと」
レミュラさんはウラヌスに容態を尋ねた後、決心するように顔を上げる。
「334小隊の残りが今向かってるけど、ここで待ってるのは得策じゃないわ。私たちが動いて合流しましょう。私が彼を抱えて飛ぶ。ミィナはこの人たちを案内して。合流すればトラックですぐに移送できる」
レミュラさんはそう言ってすぐに行動に移る。軍人らしく無駄な動きはしないようだ。ミィナさんもライフルに付けていた銃剣を外して移動準備を始めている。
「ウラヌス、私はミィナさんと一緒に行くからアイクとレルワさんを連れて後から来て」
「それはマスターがやるべきでは? まだ危険要素が排除されたとは言えません」
ウラヌスが口答えしてくるが、私はそれを無視して武器をしまう。
「大丈夫。勘はそう言ってるし、少し聞いておきたいこともあるから」
「了解しました。通信は切らないことを推奨します」
ウラヌスも納得してアイクたちの方へ走って行った。ウラヌスは時々私を過剰に守ろうとする。それは良いことだと思うけど、過保護に見えることもある。
「チノンさん、準備は良いですか? 飛んでいくのは無理そうなのでなるべく早く歩いていきましょうか」
「分かりました。私は機械の足なので疲れませんからミィナさんのペースで良いですよ」
私は大丈夫だとアピールするように機械の足を動かしてみる。その滑らかな動きに、ミィナさんはまるで不思議なものを見ているかのように感動していた。
「すごい……この世界ではまだ機械の義肢はできたばかりなのに。チノンさんの世界はすごく発展してるんですね!」
ミィナさんは興味津々の様子で、私の機械の足をまじまじと観察している。さっきまで出発する空気だったのに、一瞬で吹き飛んでしまったようだ。
ミィナさんはまるで子どもみたいに目を輝かせているが、私たちにはやる事がある。
「ミィナさん……出発しなくていいんですか?」
「あ、ごめんなさい! 私って興味のある事には夢中になっちゃって……」
ミィナさんは慌てて我に返るとすぐに動き出した。なんとなく彼女の性格が分かってきたような気がする。ミィナさんの後を追うように、私も戦場を後にした。
●
レミュラさんが言っていた334小隊の残りとは割とあっさり合流した。その途上でミィナさんからさっきの戦闘跡や行動について聞いてみたが、ミィナさんの小隊は救援要請を受けて向かっていたらしく、飛んでいけるミィナさんとレミュラさんが先行して行ったという事だった。そこで私たちと遭遇したわけだが、どうしてあそこで戦闘があったのかは分からないらしい。
「それじゃあ頼むわ。急いでちょうだい」
レミュラさんは負傷者をトラックに乗せてすぐに引き返させている。後は彼の無事を祈るだけだ。トラックを使ってしまったので、移動中だった兵士たちはそのまま降りて待機している。やはり人類と非人類種族の兵士が入り混じっていて、とても賑やかに見える。こんな光景は、他の世界でもそう見かけない。
「国際編成義勇兵連隊はこの世界のあらゆる種族が集うんです。だから通訳が必要なんですよ」
兵士たちを見ていたら、ミィナさんが私の思っていたことに答えてくれた。どうもこの世界はかなり異種族間の共存が進んでいるらしい。そうなると、こんな部隊を率いるレミュラさんがとっても有能に見えてくる。
「みんな集合して! 今の状況を伝えるわ」
レミュラさんが声を上げて皆を集める。ミィナさんもそっちに向かったので、私はそこから少し離れたところで見守る事にした。
「救援を出していた223小隊は壊滅していたわ。さっきの負傷者を除いてね。彼らの任務が『
レミュラさんが誰の仕業なのかを口にすると、周囲がどよめきだす。どうやら何かヤバそうな組織らしい。レミュラさんの隣でミィナさんが後から違う言葉で話しているので、きっとあれが彼女の本来の仕事なんだろう。
「それから、現地でちょっと変わった人たちを見つけた。話ではこのエクリシア世界とは別の世界から来たと言ってる。実際に私たちの世界では再現できない技術を持っているようね」
レミュラさんがそう言うと、兵士たちが一斉に私の方に振り返る。流石にこの大人数に注目されると少し居心地が悪い。
それをなるべく表に出さないようにしながら私が何か言おうか迷っていると、遅れていたウラヌスたちが合流してきた。
「マスター、この状況について説明を求めます」
合流するなりウラヌスは私の傍に立つ。恐らく良くない状況だと勘違いしているのだろう。アイクとレルワさんも表には出さないが警戒しているようだ。
「みんな落ち着いて。別の世界と言っても、こっちの言葉も分かるみたいだし、負傷者の救護もしてくれた。少なくとも敵ではないと思うわ」
レミュラさんは皆を落ち着かせているが、最後の言葉はまだ私たちへの判断を迷っている事が見える。しかし、その言葉で兵士たちの疑いの目は多少減ったのも確かだ。
「隊長、罠とかの可能性は捨てきれないんじゃない?」
その時兵士たちの中で声がしたと思うと、見るからに年季の入った狙撃銃を担ぐ女性がレミュラさんの前に歩み出た。狐のようなケモ耳と、ふさふさの尻尾が付いていて、彼女も人類ではないようだ。後ろ姿しか見えないが、尻尾を揺らしている姿はどこか可愛く見えてしまう。
「ラウラの心配も分かるわ。でも、向こうは未知の武器を所持してた。その気だったら私たちは戻ってこなかった可能性が高いわ」
レミュラさんがそう言うと、「ラウラ」と呼ばれたケモ耳女性は「それもそうか」とだけ言って引き下がった。納得できれば聞き分けは良いらしい。
話が終わって、レミュラさんとミィナさんは私たちの元に歩み寄ってきた。
「あなたたちの協力には感謝してる。何かお礼をしたいところだけど、どうすればいいかしら? こういう事態は想定してなかったから、何も思い浮かばないのよ」
レミュラさんは負傷者を救ってくれた事にお礼を考えているようだが、私はどう言えば良いのか迷ってしまう。
「マスター、まずは情報と休める場所を求めるべきと判断します」
「うーん、そうね。レミュラさん、この世界の事とどこか落ち着ける場所を教えてください。お礼はそれで十分です」
私の提示にレミュラさんは意外そうな顔をしているが、少し考える素振りをしてからミィナさんに向き合った。
「ミィナ、あなたの家にチノンさん達を泊めてくれないかしら。あなたならこの世界の歴史をちゃんと説明できるでしょ?」
「え、私の家!? まあ、無理ではないけど……分かった。レミューの頼みだし」
レミュラさんの申し出にミィナさんは驚いていたが、すぐに了承してくれた。少なくとも、これで情報と休める場所は手に入ったようだ。それでもまだ油断はできないが、こんな荒野に居るよりは落ち着いて考えられそうだ。
「じゃあミィナ。あなたはここで離脱してチノンさん達を連れて行って。残ってるトラックを使っていいわ。明日駐屯地で合流しましょう。ラウラ、第1分隊を集めて!」
レミュラさんは今後の方針を決めてそれを伝えると、さっきのラウラさんを呼び出してながら戻っていった。
「ラウラさんは第1分隊の隊長なんです。指揮もしっかり執れるし狙撃の腕も確かで、レミューも頼りにしてるんです」
ミィナさんの解説を聞きながら向こうを見ると、そのラウラさんがレミュラさんになにやら文句を言っているようだった。会話は聞き取れないが、そのやり取りに嫌味や不満の色は見えない。
「それじゃあ、私たちは移動しましょう。トラックの手配をするので待っていてください」
ミィナさんはそう言ってトラックの方へ向かって行く。残った私たちは今後の事を話始めた。
「とりあえず情報を集めて、そこから転生者の行方を追う。この世界は転生者は少ないみたいだから、逆に目立つかもしれないし」
私の方針にみんな異論を挟まなかった。
「まあ、情報は大事よね。それと……この世界、どうもおかしなエネルギーが流れてる。何かまでは分からないけど、用心は必要ね」
レルワさんはまた何かを感じ取っていたらしく、不安を口にしている。あの人がこんなに警戒している姿なんて、初めて見るかもしれない。
「何もないと良いけどね……アイク、端末の通信状態は?」
「特に問題は……あ、データ通信以外は不安定です!」
念のためにアイクに聞いてみたが、既に何かが起こっているようだ。この世界はどうも今までの異世界と違うかもしれない。それが良い事に繋がるのか、悪い事に繋がるのか……今はその判断すらできない。でも、想いを届けるという決意だけは揺らいでいない。だから、私の中に諦めるという気持ちは無かった。
私は言い知れぬ不安を抱きながら、トラックと一緒に戻ってきたミィナさんに促されてトラックの荷台に乗り込んでいく。トラックはすぐに動き出し、私は揺れる荷台で不安を考えないようにしながら流れる景色を眺めていた。
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