エクリシア世界編:第2話 思いがけない歓迎

 異界連絡路を歩いている時は、いつも不思議な感覚に見舞われる。歩いているのに浮いてるよう時もあれば、風は吹いてないのに風を感じるような時もある。

 繋がっている世界の気質が流れているのか、その感覚は毎回変わるので私でも未だに慣れないところがある。


「ウラヌス、3177世界の情報何か持ってる?」

「ありません。マスターと組む前の仕事でも行ったことがありませんので」


 私は歩きながら尋ねてみるが、想像通りの答えでため息も出てこなかった。ウラヌスは私と組む前から他の配想員と仕事をしている。だから私より異世界の経験はあるのだけど、それでも知らない世界の方が多い。この宇宙は数え切れないほどの異世界と繋がっている。だから異世界連携機関はそれぞれの世界を番号で呼ぶのだ。すべてに固有の世界名を付けていたら、余計に混乱するだけだ。


「それじゃホントに出てみないと分からないか……」

「チノ先輩、こういう状況ってよくあるんですか?」


 私の独り言にアイクが反応してきた。やっぱり真面目さが抜けないのか緊張している雰囲気を出している。まだまだ新人だな。


「そこまで多くはない。前だって聞いた情報と違って文明が滅んでたりしてたし。だから事前情報は目安程度に捉えておくのが一番ね」


 私はレルワさんが来る直前の仕事を思い出す。それも情報更新が無かったので、着いた矢先に文明が崩壊してたから驚いたものだ。だから目安程度に捉えておいた方が無駄に驚かなくて済む。


「お、出口だ。それじゃあ気合い入れて行きますか」


 通路の先に光が見えたので、私は進みながら緊張する気持ちを整える。世界に到着した瞬間は、意外と気が抜けない。開いた先が戦場なんてのも良くある。

 私は不測の事態を考えながら、最初に出口を抜けた。


  ●


 眩しい光に視界を遮られた後に、ゆっくりと視界が開けていく。そこには何も無い荒野が広がっていた。完全に荒れているわけではなく、草木も生えているし戦闘があった痕跡も無い。魔物がいるような気配も無い。


「……安全そうね。ウラヌス、スキャナーは?」

「生命反応はありません。ここは無人です。しかし結果にノイズが混入しているので、磁場のようなものがあると考えられます。発生源は検知できません」

「ノイズね……今は判断材料がないから、支障が出ない内は気にしないでおこうか」


 続けて出口を潜ったウラヌスにスキャンを頼むが、本当に誰も居ないと分かって私も警戒を解いた。ノイズは気になるところだが、今は原因を推測するのも難しい。


「ここが3177世界ですか……」

「見た目は普通ね。まあそれだけ判断はできないけど」


 アイクとレルワさんもやって来た。アイクが興味深く世界を見ているのに対し、レルワさんは面白いかどうかで世界を見ている。それぞれの価値観がよく分かる言葉だ。


「ウラヌス、先行して集落か何かを探して。アイクは私から離れないで。レルワさん、違法転生者は居そうですか?」


 私は指示を出しながらレルワさんがどう動くのかを聞く。違法転生者が居る場合、彼女は単独行動をする方が都合が良い。だから最初に聞いておく必要があった。


「うーん……それらしい匂いは無いと思う。でも、妙ね……転生者の匂いも殆ど感じないわ」

「それじゃあ、この世界には転生してくる人が少ないってことですか?」


 レルワさんが珍しく怪しむように周囲を見回している。ある程度の数の転生者が居ると、レルワさんはその魂の存在を感覚的に知れるらしい。それを感じないという事は、この世界に転生する人はかなり希なのだろう。


「そうなるわね。ここに居ても何も分からないから移動しましょ?」


 レルワさんがこの場を離れることを提案してきた。私もその意見には同意だったので、ウラヌスの後に続く形で歩き出すことにする。手荒い歓迎よりはマシだが、何となくこの世界からは歓迎されていない空気を感じることはできた。


  ●


 私たちはしばらく何も無い荒野を歩いた。遠目にはかなり高い山脈が連なっているのが見える。あんな場所では人は住めなさそうだ。そんな事を思っていると、ウラヌスが急に足を止めてハンドサインで警戒を示してきた。


『どうしたの?』

『この先に微弱な生命反応を多数検知。動いている様子はありません』

『待ち伏せってこと?』

『断定はできません。ですが3177世界の情報を得るのなら進むべきと判断します』


 私は声を出さないダイレクト通信でウラヌスとやり取りする。機械義肢を組み込む時に一緒に付けた装備で、私とウラヌスだけで会話したいときに使っている。私たちの空気を察したのか、アイクとレルワさんも警戒を始めている。


「私とウラヌスで先行する。アイクとレルワさんは向こうの茂みに隠れていてください」

「分かりました。チノ先輩も気を付けて」

「この辺で死の匂いがする……敵がいるかもね」


 私は小さな声で指示を出し、アイクは無言で頷いて移動を始める。レルワさんもこういう時は真剣に動いてくれるので安心だ。レルワさんの忠告もありがたい。

 私はウラヌスに合図して一緒に進んでいく。やがて前方に崩れた廃墟らしき場所が見えてきた。ウラヌスは手の動作でそこに反応があると教えてくれる。

 私たちは慎重に近づいていくが、近づくにつれて違和感を感じるようになった。


『ウラヌス、匂う?』

『火薬の硝煙反応を検知。銃火器での戦闘があったようです』


 ウラヌスの答えで私の違和感は確信になった。これは私たちへの待ち伏せとかじゃない。もう戦闘が終わった後だ。それが分かると、私は握っていた拳銃のセーフティを解除する。戦闘があったのなら、銃を持った相手が残っている可能性もある。ウラヌスもライフルを構えて私の前に出た。


 戦場となっていた廃墟に着くと、そこには多数の死体が転がっていた。しかし、ただの死体では無かった。


「人間以外にも、"シータ"分類の非人類種族の死体が多数混じっています」


 ウラヌスの検証報告は聞かなくたって見れば分かる。倒れているのは人間の他に、角の生えた者、尻尾やケモ耳の付いた者、翼の生えた者など、非人類種族と言うべき特徴をもった死体も多くあった。


「こいつらは同じ所属か……?」


 私は死体を観察してみるが、それらは同じ軍服を着ている。同一の組織に所属しているのは明らかだ。


「マスター、生存者です」


 それを聞いて私はすぐにウラヌスに駆け寄る。壁にもたれ掛かった状態で、ひとりの兵士が倒れていた。微かに息をしているのが分かるが、出血が多くて虫の息なのはすぐに分かる。


「ウラヌス、緊急治療キットを。大丈夫、助けるから頑張って」


 私は兵士に呼びかけ、ウラヌスは治療キットを取り出す。兵士はゆっくりと顔を上げて私に虚ろな目を向けてきた。もう意識も混濁しているようで、一刻を争う状況だ。


「治療を施します。マスターは周囲の警戒を」


 ウラヌスと場所を変わって私は警戒する。襲ってきた相手はもう居ないようだが、戻ってこないとは限らない。


「マスター、上から反応です!」


 ウラヌスが急な叫びと同時に、私の足下に銃弾が飛び込んできた。すぐにその場を離れて物陰に隠れる。直後に、羽の生えた非人類種族らしき人物が近くに降りてきた。すぐに物陰に隠れたので姿ははっきり見えなかったが、銃で武装しているのは確かだ。


Lasa ar armil!武器を捨てなさい!


 羽の生えた人は私には理解できない言葉で叫んでいる。凜とした声で、女性なのは分かったが、これでは意思の疎通ができない。


「ウラヌス、言語データは!」

「検索中、ダウンロードまで30秒待ってください」


 未知の言語はウラヌスでもすぐに翻訳できない。その間は相手をしないといけないようだ。私は拳銃をスタンモードにして相手に牽制射撃をする。一瞬だけ相手が見えたが、長い金髪で死体と同じ軍服を身に付けている女性だった。もしかすると、私たちが襲撃犯と誤解されている可能性もある。


「Ar armil es neverifed!?未確認の武器!?


 レーザーを見た相手は何やらとても驚いたように叫んでいる。もしかするとこの世界にはまだレーザー兵器は無いのだろうか。それなら警戒させて相手を押さえ込めるかもしれない。

 だが私がそう思った時、背筋に嫌な予感を感じて上を見た。するともうひとり、羽を生やした少女みたいな軍人が急降下していた。私は咄嗟に回避するが、その少女は着地と同時に着剣したライフルを構えて突貫してくる。こっちも死体と同じ軍服を着ているが、それは上着だけで下は黒と白のダブルスカートという変わった出で立ちだ。


「くっ……!」


 私は回避を諦めて銃剣を抜くと、それで相手の攻撃を受け流した。しかし相手はそのまま飛び上がって空中で錐揉みしながら連撃を加えてきた。しかし、彼女からは殺意を感じない。まるで守りたいものを守っているかのような動きだ。


Miina,ミィナ、 ti taka tro fronte!前に出すぎ!


 金髪の女性が何か叫んでいるが、私と彼女の距離が近いので撃ってこない。目の前の相手に集中できるのは良かったが、この少女の銃剣格闘の腕は恐ろしく高くて私に反撃を許さない。何とか足元を撃って距離を取るが、それを上回る速度で迫って来る。立体機動では時間稼ぎの手段も限られる。


「ウラヌス、さっさとしなさい!!」


 私は防戦一方になっているので、もはやウラヌスだけが頼りだ。こんな立体機動を繰り出す相手は私の手に負えない。


Ne tira, grate!撃たないでください! Mi medika ar vundata. 負傷者を治療しています


 やっとウラヌスがデータを落として叫んでくれた。それを聞いて金髪の女性が大声で叫ぶ。


……Comba halt!……戦闘止め!


 それを聞いて目の前の少女もピタリと動きを止める。間一髪だった。私はウラヌスに目で合図して、イヤホン型のリアルタイム翻訳機にデータを送らせる。これでやっと意思疎通ができそうだ。


「こっちの意図が伝わって助かったよ。私たちは偶然ここに来ただけで、その時にはもうこの有様だった」


 私が少し息を切らしながら目の前の少女に説明する。改めて見てみると、身長は私より高く、肩まで伸ばした茶髪と、人間の耳の位置から生えるケモ耳が目を惹く。軍服の上着に私服のような可愛いダブルスカートはぱっと見では軍人に見えない。しかしあの銃剣格闘の腕前は並みの軍人ではない。一体何者なんだろうか。


「あわわ……ご、ごめんなさいっ!  レミューが突っ込んだから、てっきり敵だと思って……!」


 状況を理解した少女はあたふたしながら銃を降ろして何度も頭を下げてくる。頭を下げる度に落ちそうになっているベレー帽を抑えているのがどこか微笑ましい。やっぱり彼女は普通の軍人には見えない。しかし、最初に現れた金髪の人は上下ともにかっちりとした軍服を着ている。恐らく彼女の上官なんだろう。


「ミィナ、この状況じゃ仕方ないでしょ。それで、お前たちはどこから来たんだ?」


 金髪の女性が私たちの方に近づいてくる。銃は降ろしているが、目は警戒を解いていない。この雰囲気ではとても冗談は通じないだろう。


「私は配想員のチノン・ボーデンプラウトと言います。この世界に転生したという人物に想いを届けに、別の世界からやって来ました。あっちは支援ロボットのウラヌスです」


 私はなるべく丁寧に素性を明かす。「ミィナ」と呼ばれている銃剣少女はどこか目を輝かせているようにも見えるが、金髪の人は怪訝な眼差しのままだ。


「ミィナ……信用できる?」

「はっきりとは言えないよレミュー。でも、助けてくれてるなら今は信じていいかもしれない」


 どうやら金髪の人は「レミュー」と呼ぶらしい。やり取りからして、かなり親しい真柄だろう。それから2人は小声で何やら話しているが、攻撃の意図は無さそうだ。


 まったく思いがけない歓迎を受けて、私はこの仕事の先行きに不安を覚えてしまいそうだった。

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