第6話 転生の在り方
『銀河時間10時13分 場所、第1233世界 チノン・ボーデンプラウトが記す。
この世界は活気が溢れている。一見すると華やかだが、実際は実力主義が支配している。転生者にとっては実力試しの場所だろうが、配想仕事で来る私から見たら配想先を探すのに苦労してしまう――』
ここまで手帳に書いてから、私は顔を上げて周りを見渡す。私が今居るのは酒場で、周りでは剣と鎧に身を包んだ屈強な男たちがテーブルを囲み、豪快に酒をあおっている。料理を頬張る者、装備の手入れをする者、真剣な表情で地図を広げる者……。彼らの笑い声が響いている。
この世界にはいわゆるダンジョンと呼ばれる場所がある。そこは魔物や異形の生物が蔓延っていて、奥へ進むほど強力な敵が現れる。転生者たちはそこを攻略し、戦果を挙げることで名声を得る。英雄になる者もいれば、挑んだまま帰らぬ者もいる。だからこそ、この世界では実力がすべてとなる。
私は周りに見えないようにため息をつく。転生者からしたらこの世界で楽しくやっているだろうが、私は少し複雑な気持ちだ。せっかく転生したのに、また死んでしまったら一体何のために転生だろうか。そんな風に感じてしまう。
『マスター、有力な情報が入りました』
通信機から酒場の外で聞き込みをしていたウラヌスの声が響く。あいつはこの世界では珍しい存在だから、怪しまれて入店を断られていた。だから外で情報を集めている。
私は「すぐ行く」と短い返事をしてから酒場を後にした。
●
「あいつか? ああ、よく知ってる」
バストと名乗る、見るからに歴戦の戦士といった風格の男が陽気に答えてくれた。この人も転生者で、同じ転生者はなんとなく分かるらしい。
「あいつはここではジャンセンと名乗ってる。来たばかりにしては腕の立つ奴だったぞ」
「情報ありがとうございます。ではジャンセンさんは今どこに?」
バストさんは目的の転生者――ジャンセンさんを高く買っている様だった。しかし私には関係ないので彼の居場所を尋ねる。それを聞くと、バストさんは少しだけ表情を曇らせた。
「あいつは3日前にダンジョンに行った。いつもならもう戻ってくるはずなんだが……」
彼はダンジョンの入り口がある方角をちらりと見る。私も思わず同じ方向を見た。
「もし探しに行くなら、俺たちも手伝うぞ?」
バストさんの申し出はありがたい。こういう時にレルワさんが居ればよかったのだが、彼女は来て早々に「違法転生者の匂いがする」と言って何処かへ行ってしまっていた。ただの化け物程度なら私とウラヌスで何とか出来るが、道が分からないのは厄介だ。そういう意味でも協力はありがたい。
「助かります。案内をお願いしていいですか?」
「分かった。仲間を集めるから少し待ってくれ……おいダニーラ。みんなを集めろ! 緊急クエストだ」
私は素直に助けを申し出ると、バストさんはすぐに仲間を呼びだす。そして私とウラヌス、バストさんのパーティでダンジョンへと向かった。ジャンセンさんが無事でいることを願いながら。
●
この世界のダンジョンはどうやら遺跡らしく、石造りの道が続いていた。松明を持ったダニーラさんが先行し、バストさんと私、ウラヌスが中央、後方には盾を持って背後を守るドイルさんと魔法使いであるリンさんが続いている。みんな転生者らしく、私たちの仕事に理解を示してくれていた。
「ジャンセンは幸せ者だな。前の世界で大切に思ってくれる奴が居るなんて」
周囲を警戒しながらダニーラさんが話してくる。過去を捨てた転生者に想いを届けたいと願う者はそう多くない。だからそんな風に思ってくれる存在が居るというのは、他の転生者から見たら羨ましいと思われる事もある。
「俺もそんな奴は居なかったな。しかし転生した奴に想いを届けたいという気持ちは、少し分かる」
バストさんは感慨深げに答えている。過去の繋がりというのは意識していないとその大切さは分からないものだ。
そう考えていると、後ろに居たドイルさんが足を止めた。それに気づいたバストさん達も立ち止まる。
「どうした?」
「空気が変わった……何か来るぞ」
ドイルさんが緊張した声で答える。それを聞いたバストさん達はすぐに武器を抜いた。何が起きるのかすぐに理解した私も、拳銃と銃剣を手に取る。銃のパワーパックは2個しかないが、足りることを祈ろう。
遠くから物音が聞こえてきた。最初は小さかったが次第に数が増えていき、やがて大量の足音だと分かってくる。緊張が高まり、私たちは無言で武器を構えた。そして現れたのは狼のような四つ足の獣たちだった。
「ハウンドの群れだ。全周防御で蹴散らせ!」
敵を見たバストさんの指示と同時に、仲間たちは息の合った連携で陣形を整える。そして獣たちが一斉に襲い掛かってきた。
バストさん達は互いの動きを把握しながら冷静に獣たちを倒していて、バストさんを中心に、突破されそうな所をドイルさんが抑え、ダニーラさんが死角をカバーしてリンさんが魔法で援護する。その連携した動きは歴戦の強さを見せつけていた。私も負けじと拳銃で1体ずつ確実に仕留めた。ウラヌスは豪快ににも飛び掛かってきた獣の首元を正確に掴んで投げ飛ばしたり壁に叩きつけている。
「良い腕してるなチノンちゃん。配想員じゃなかったらスカウトしてるぞ!」
バストさんが冗談を言ってくる。私の腕を買ってくれるのは嬉しいが、今は戦闘に集中して欲しい。かなり倒したが獣たちはまだ数で勝っている。このままだとジリ貧になりそうだ。
そんな時、ダニーラさんが死角から飛び込んできた獣に肩を噛まれた。私がとっさに獣を撃ったが、ダニーラさんは倒れてしまう。
「クソッ、油断した!」
「リン、ダニーラを援護しろ! 思ったより手強い……奥の部屋へ移動する!!」
バストさんがすぐに後退を指示する。ドイルさんが殿を務めて攻撃を防ぐ中で、私たちは奥にあるという部屋を目指す。
しばらくすると奥に開けた場所が見えてくる。バストさんはその場所に向かうように叫ぶと、ドイルさんを下がらせて自分が殿になろうとする。
「リンがダニーラを治療する。お前が援護しろ」
「分かった。無茶するなよ」
短いやり取りで立場を交代してバストさんが迫る獣を斬り伏せる。私も殿に加わって援護射撃をする。
「チノンちゃんも下がってくれ。あんたが倒れちゃ元も子もない!」
「大丈夫です。荒事には慣れてるので」
バストさんは私を心配してくれるが、私だって荒事は慣れている。それにこの状況では仕事ができない。
「マスター、彼の言う通りです。マスターの銃はもう10発も撃てません」
ウラヌスに痛いところを突かれた。確かに私の銃に付いてるパワーパックのエネルギーは僅かしかない。律儀に残弾を数えていたウラヌスを少しだけ睨むが、こいつの指摘が正しいのは認めるしかない。私が下がるのを躊躇していると、ウラヌスは私の前に立った。それが私を庇う為の動きなのも分かる。
「ウラヌス、あんたのライフルも弾切れでしょ。なのに下がれって言うの?」
私もウラヌスのライフルが弾切れなのを指摘する。弾があればさっきからずっと投げ飛ばしたりしていない。ウラヌスは何も答えなかったが、沈黙が答えだった。
「マスター、私には『魂の借り』があります。あなたを守る義務があります」
ウラヌスがはっきりと言ってくる。そんな儀式にこだわるなんて、本当にこいつは変わったロボットだ。だからこそ、こいつになら背中を預けられる。私もウラヌスも、本当に不器用だ。
「くそっ、まだ数が減らねぇ……!」
バストさんが叫びながらまた斬り伏せる。しかし獣たちは相変わらず多い。その時、人影が獣の群れを切り裂いて飛び出してきた。
「バストさん、手伝いますよ!」
そう言って飛び出してきた男は剣を構えて私たちの前に立つ。その姿を見てバストさんは驚くと同時に笑っていた。
「ジャンセン! 生きてたか!!」
その言葉で私も驚いた。そして嬉しくなった。配想先の転生者は生きていた。これで想いを無駄にしなくて済みそうだ。私たちの士気は一気に上がり、それからジャンセンさんの加勢で獣たちを引き下がらせることに成功した。
●
「一体何してたんだジャンセン!? 戻ってこないから心配したぞ!」
「ちょっと新しい場所を見つけて探索してたら迷ってしまったんですよ」
戦闘が終わってバストさんはバシバシとジャンセンさんの背中を叩き、ジャンセンさんは苦笑しながら事情を話す。他の人たちもジャンセンさんが無事だった事で安堵の表情を浮かべている。
「お取込み中すいません。私は配送員のチノン・ボーデンプラウトと申します。転生者ジャンセンさん改め、ノナカ・タクトさんにお届け物があります」
私はそう言って鞄から依頼の品を取り出す。それは小さな写真立てに収まった一枚の写真だった。そこには笑顔で写っている男女の姿が写っている。ジャンセンさんがそれを見た瞬間、ノナカさんは信じられないといった表情でそれを受け取る。
「そうか……まだ覚えていてくれたのか……」
写真立てを持つノナカさんの手は少し震えている。そして写真を指で優しく撫で始めた。その様子は、まるで過去の思い出を想起しようとしている様だった。
「ありがとう……彼女にはもう忘れられたと思っていた。これで心残りはもうない」
私は彼がどんな心残りを持っていたのかは知らない。それが何であろうと、届けられた想いをどう受け取るかはその人次第なのだから。
それから私たちは一緒にダンジョンを出て、バストさん達にお礼を言ってから別れた。そのままレルワさんとの合流地点に向かうと、彼女は茂みに隠れて眠っていた。
「ふわぁ……遅いわよ」
私たちの気配に気付いたレルワさんは欠伸をしながら起き上がる。本当に仕事をしていたのか疑問な態度だが、すぐに仕事を終えて待ちぼうけをしてたとも考えられるので、どう判断すれば良いか分からなかった。
「違法転生者は捕まえたんですか?」
私は少し呆れながら尋ねてみる。その間にウラヌスは異界連絡路の起動を始めていた。
「ちゃんと捕まえたわよ。でもね、それ以上の大収穫があったわ」
レルワさんは突然不敵な笑みを浮かべてくる。本当にこの人は良く分からない。
「あなたの追ってる転生者、アイク・ナルバスの逃走先を掴んだわ」
「……え?」
そしてとんでもない事をしれっと言ってくるこの人は本当に底知れない。私はその言葉を飲み込むのに時間が掛かってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます