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第15話

母は、竹刀を下ろし、ゆっくりと中央に進んだ。

おじさんも、母の向かいに進んだ。

ふたりは面を付けたまま、見つめ合った。

やがておじさんは、竹刀を持ち直し、再び中段の構えを取った。

怖いくらい静かな間があった。

母は、おじさんに応えるかのように、再びゆっくりと竹刀をかまえ、右足を前に出した。

母から音が聞こえなくなった。


一方的な試合になった。

おじさんは、打たれるたびに、自らを奮い立たすように声を出し、母に相対した。

私は、その光景を見て、自分が生まれる前の大学生の時のふたりの姿を想像した。

どのくらい打ち合ったのだろう。おじさんの動きが止まった。

肩が上下し、呼吸が荒い。体力の限界に来ていることは明らかだった。

やがておじさんの両腕から力が抜けていき、竹刀はだらんと下に向いた。

母は床を蹴り上げて踏み込み、おじさんの脳天に鮮やかな面を打ちおろした。

「面―――ッ‼」

母とおじさんの体が交差した。

母は、おじさんの向こう側にいた。

その体から、細く長い糸がひかれているような、そんな余韻があった。

おじさんは天を仰ぐように頭を上げた。

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