第10話 木曜日のアルメイラ

 一度経験してしまえば、それ以降は存外スムーズに事が運ぶ。

 セックスにしても京極先輩の護衛にしても。

初めてアルメイラに行った金曜日。それから、週が空けた水曜日。

無難に先輩の護衛を終えて、次はまた金曜日。

 いつも先輩と個室に案内されていて、好奇心から先輩のバイトでは無い木曜日の早い時間に、アルメイラに行ってみる気が起きたのは、自分としても意外だった。


 開店は6時。

そのまま店の大扉を開く。

「いらっしゃ…修くん。今日は綾ちゃんの日じゃないの。ごめんなさい。」

オーナー兼店長の菫さん。あの30前の美人さんがオーナーさんだと言うのはびっくりした。

「あ、いえ…ちょっとだけ尋ねたいことがありまして。」

「ふふ。何かしら?私も綾ちゃんも今はフリーよ?」

いたずらっぽく笑う菫さん。

「あ、いえ…そういうのでは。」

「あら、私や綾ちゃんじゃダメってこと?」

またいたずらっぽく笑う菫さん。

「いえ、あの…」

「今日はカウンターにお願い出来るかしら?」

「あ、はい。」

3度目のアルメイラはカウンターになった。


「で、ご質問は何かしら?」

菫さんが手際よく水割りを差し出す。

「…代金のことなんですが…」

「代金?」

「前回、前々回来たときの。」

「ああ…気にしなくて良いのよ?」

優しく微笑みながら瞳を覗きこむ菫さん。

「…綾さんのお給料から…とかじゃないですよね?」

心配している点を率直に尋ねる。

「ふふ。優しいのね。修くん、良い男ね。」

それだけで察したのだろう。菫さんはさらに優しい表情になって微笑んだ。


「…で…」

「大丈夫よ。店の持ち出し。強いて言うなら私のポケットマネーからね。」

そう言ってさらに微笑む菫さん。

「…えっと…払います、俺。」

「ダメよ。これは私からのお願いでもあるんだから。言うならバイト代ね。」

「…そうですか…」

「綾ちゃんが聞いたら喜ぶわよ。あの子、男運無くて、やっとこの間、クズ男と別れられたんだから…」

「そうなんですね。」

「ええ。ヒモみたいなヤツで、女を食い物にしてるタイプね。別れたいって言ったのに、ずっとつきまとわれて、前のバイトも辞めなくちゃいけなかったみたい。」

…美優のバイト先のことか。

「で、二十歳いってるし、私の店のキャストになって貰ったの。」

そう言って、菫さんはまた微笑んだ。

見た目通りの優しい女性。

そう菫さんに対して感じている。


「あ、ごめんなさい。ちょっと席外すわね。」

そう言って、カウンターから菫さんが出て行った。

いつの間にかお客さんが増えて来ている。


 暫くして、カウンターの中に代わりのキャストが入って来た。

黒髪でややロング。スラリとした感じの女性。

顔は悪くない、というより、かなり好みな美少女。

しかし、明らかに緊張しているのが伝わってくる。

「あの、何か、飲まれ、ますか?」

ぎこちない微笑を浮かべた黒髪美少女。

「あ、はい。」

「な、何を…?」

「あ、えと…何でも。」

ぎこちない微笑にぎこちない返答で返してしまう。

菫さんはあちらこちらに動いていて忙しそうだ。

俺は代わりにカウンターに入った黒髪美少女の手際を見ながら、メニューをめくってみた。

「あの、水割りでいいですか?」

「はい。」

恐る恐る尋ねてくるキャストさん。

まだ、手慣れていないのだろう。

口調もやや素で、ぎこちない手つきのまま、水割りを作り始める。

初心者さんなのだろう。


「お、待たせ、しました。」

差し出される水割り。

見た目にも、少し濃いことが分かる。

「水、貰えますか?」

予め、チェイサーを貰っておくことにする。


「自分、まだ日が浅くて…」

差し出された水割りを口に含んだら、目の前のキャストさんが申し訳なさそうに頭を下げる。

ああ、確かに。

そんな感じがする。

「手慣れてなくて、すいません…」

「いえ、大丈夫ですよ。」

「お客さんはよく来るんですか?」

「あ、いえ…時々です。」

「そなんですか。」


 何だか必死さが伝わってくる。

初めて会う客に緊張しているんだろう。

真面目さが前面に出ているが、勝手が分からない感じ。

「お名前は何て仰るんですか?」

他愛なく尋ねる。

多分、こちらから会話をリードしてあげないといけないのだろう。

「仲村です。仲村夏海…」

「高松です。夏海さん、良い名前ですね。」

「あ、ありがとうございます。」

「大学生さんですか?」

「あ、はい。ノートルダムに行ってます。」

ノートルダム女子大。私立の真面目大学だ。

「部活か何かされてるんですか?」

「あ、はい。剣道、古武術を…」

「女性で武道…凄いですね。何年もしてるんですか?」

「あ、はい。実家が武道一家で…」

そう言ってはにかむ夏海さん。

中性的な顔立ちだから、女子大なら女子からの人気が凄そうだ。

笑うと相応に可愛い感じで、これは俺のどストライクな娘。


「御実家は樫村流じゃないですか?」

夏海さんの武道の流派を言い当てる。

この辺りで、剣道、古武術なら、樫村流で確定だ。

夏海さんは目を丸くして驚いている。

「えっ!?何で分かるんですか?何か武道をされてるんですか?」

「いえ。ただ、知ってるだけですよ。」

「いや、普通分かんないですよ?」

「そうですか?」

「あら、会話盛り上がってるのね。」

菫さんが戻って来た。


「なっちゃん、もう少しだけ、丁寧な口調で、ね?」

「あ、すいません…」

「あ、俺なら大丈夫です。夏海さんが話しやすいなら、それで。」

「ふふ。優しいのね。」

そう言って菫さんが微笑む。

「修くん、女たらしというか人たらしなところがあるね。」

「え、そんなこと無いと思いますけど…」

「なっちゃん、修くん、話しやすかった?」

「あ、はい!とても…私が緊張してるのをだと気づかってくれて…」

「あ、いや、そんなんじゃ…」

「ね、なっちゃんのラストが8時までだから、修くん、なっちゃんの相手、してもらって良いかなぁ?」

優しいが甘える感じの声の菫さん。

きっといろいろと百戦錬磨なのだろう。

「あ、はい。大丈夫です。」

「ありがとう。よろしくね。」

そう言って、また菫さんがカウンターを出る。

オーナー兼店長さんだからだろう。

忙しく店内を廻っている。


で、夏海さんからはしつこく武道の流派の件を尋ねられた。

まぁ、そうか。普通は知らないもんだしな。

流派まで知っているのは夏海さんにとって衝撃だったらしい。

ただ、それまでのぎこちなさは消え失せて、夏海さんからもいろいろと尋ねられた。

「出身はここ?」

「いえ。中部地方です。」

「ん〜愛知?」

「いえ。秘密です(笑)」

「歳は?見た目若そうだけど…22、23?」

「あはは。黙秘します(笑)」

「えー。教えてくださいよー」

そんな他愛もない会話。


 で、いつの間にか8時になろうとしていた。

「あらあら〜なっちゃん、エンドの時間よ?」

菫さんが帰って来た。

「あ、本当ですね。」

時計を見て少しびっくりする夏海さん。

有意義な時間だったのだろう。1時間がかなり短く感じた。

「ドリンク2杯しか飲まなかったの?修くん」

菫さんがカウンターにある伝票を見ている。

「遠慮しなくて良かったのに。」

あ、や、そんなつもりは無くて。

夏海さんといろいろ話し込んでしまったから。

「あ、払います。」

「ダメよ。バイト代代わりなんだから。」

「いや、それは…」

「また良かったら、木曜日にも来てくれるかしら?なっちゃん、当面は木曜日だけだから。」

「はい。高松さんが良かったら、木曜日来てくれたら心強いです!」

少しモジモジしながら、夏海さん。

「来れるときなら。」

そう言うと、菫さんはあの優しい微笑みを浮かべながら、

「お願いね。」

優しい口調。

ただ、少し妖艶な笑みを浮かべている気がした。







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