第15話
あれからの佐紀は、ふらっと姿を消してしまう。何となく不安で慌てて探すけど、カフェだったり、ラウンジだったり、気づけば講義室に戻っていて呆けていたりする。
話しかければ返事はくる。笑顔も見せる。けど、佐紀はおかしい。それがあの遊歩道で泣いて、壊れそうだった理由が原因だったとは思うけど、それを深く聞いていいとは思えなかった。
「奏、佐紀大丈夫なの?」
「あー、やっぱ変?」
「なにがってわけじゃないけど、最近ほら。いい噂も聞かないしさ」
「……そうだね、」
佐紀と共通の友人にも心配される声が増えた。私に聞くのは、本人に聞いても意味がなかったか、踏み込むのを躊躇う優しさだろう。佐紀と接点のなかった人たちと遊ぶようになった、そんな噂は大学の中では静かに広がった。噂は噂だ。けど、それは多くの人に影響するし、佐紀への関わりも変わる。それを鵜吞みにして、面白く関わるやつだっている。佐紀がそれを選ぶならいい。佐紀がその先の危険とか、自分に降りかかることをちゃんと理解してるならいい。でもきっと、今の佐紀はそうじゃない。
「………。あれ、どこ行った?」
友人と話をして、考え込んでいる間に、佐紀は講義を受けた教室から出ていってしまったようで、別の講義を受けていた私が迎えに来ても、その姿は見当たらなかった。
「…行くまで待っててって言ったのに」
終了の鐘から、そう時間は経っていない。私は早足に佐紀を探し始めることにした。
通る廊下にも、通りがかる講義室にも、その姿はなかった。しばらく歩いても見つからなくて早歩きになっていた足は、ゆっくり速度を落とす。
…佐紀は、今、どうしたいんだろう。そんなことが疑問に浮かんだ。佐紀と恋が一緒になれたらいいと思うし、お互いが思いあっているのは見ていて明らかだった。互いの証言だってある。けれど、今は。そのために傷ついてばかりだ。今だって、おかしくなっているくらいに。
「……、」
お節介かもしれない。もうふたりは、
――――♪
「!」
スマホが着信音を鳴らす。佐紀かと思って慌ててスマホを見たけど、それは別の名前だった。
「なに?」
『そんな冷たく言わなくてもいいじゃん。忙しいの?』
「佐紀探してるんだよ。いなくなっちゃったから」
『なにそれ。行方不明的な?』
「いや、講義終わって迎えに来たらいなかった」
『なあんだ。トイレとかじゃない?』
通話相手は美希だった。私の対応に不満げだったけれど、それは途中から呆れ声に変った。
「…最近、良くない奴と関わってるんだよ。恋とちょっと拗れてるし、変なことしないか心配なんだ」
『ふうん。恋のお遊びは落ち着いたみたいだから仲良くしてるんだと思った』
「お遊びって」
『奏も優しいから、恋は自暴自棄になってたとか思ってるかもしれないけど、あんなのただのかまってちゃんだよ』
「美希」
美希は、言葉が直球すぎる。それが良いときもあるけど相手を悪く言うように聞こえたりする。実際今、私の友人が悪く言われた気がした。悪気がないことも知っているけど美希自身、その性分に止まれないときがあるって知っている。
『奏の友人を悪く言いたくもなかったけど、佐紀って子も自己分析ばかりでどんどん首絞めて、今だって奏に追われてる。せっかく忠告したのに忘れちゃったんじゃないの』
「…」
『怒らないでよ。これでも私は嫉妬してるんだから』
「は?」
『自覚ないの?佐紀ちゃんのこと心配しすぎて、私のこと忘れてない?』
「…そんなこと」
『夢で逢えないくらい熟睡してるくせに。現実でも会えないなんて酷すぎる。私、奏の彼女だよね』
「そうだけど、」
確かに、夢は見ない。そうか、夢で逢えないくらいに体も精神も佐紀に傾けているんだ。さすがに、美希に悪いことしてしまっていると、今更気づく。
『…大事な友人をないがしろにしろって話じゃないよ。あの子が今、目が離せないくらい危ういのかもしれない。でも、私もサキュバスなんだからこのまま放っとかれたら、お腹すいてしんじゃう』
「…あんた、知らない奴のとこ行ってないよね」
『このまま奏に放っとかれたら、飢え死にしないために手を出しちゃうかも』
「…分かった。今夜そっち行くから、もう少し我慢してて」
『はーい』
そんな口約束だけで美希は嬉しそうに声を上げて、通話を切った。これだけのために電話してきたのかとも思うけど、確かに佐紀ばかりに意識が向いて、美希と触れ合っていなかった。サキュバスの生命である性。美希が誰かに触れるのも、美希を誰かが触れるのも、その命に誰かが混じるのも、嫌悪感しかない。
佐紀と自宅に帰って、早々に出かけよう。そう思って、美希の言っていた『恋のお遊び』を思い出した。彼女にとってそれは、生きるための行為だったんだろうか。それとも本当に、ただ先に追ってほしいだけの…
「奏?」
「、佐紀!」
急に近くで声が聞こえて体が跳ねる。探していたその人が真後ろに立っていた。
理佐の反応から、通話は聞かれてなかったようで安心する。通話の音は、たまに漏れ聞こえたりするから。
「ど、どこいってたの?探してたんだけど」
「え?ああ、ごめん。なんだっけ、なんか女の子に呼ばれて…」
よく知らない子だったんだけど誘われてさ、と佐紀の言葉が続いて心臓が締まった。
噂は噂。そんなこと、あるはずがない…。
佐紀が、どうしたいのか。美希ほどに直球で、答えが見つかればいいのに。
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