第3話


触れる肌が熱くて、見つめる瞳が熱くて、頭が沸騰するかと思うくらい心臓が血液を掻き乱していく。

自分の心臓の音で、周りの音がかき消されるのに、なぜか恋の声だけは何にも紛れずに、何にも汚れずに。私の耳を伝って脳を揺さぶってくる。


柔らかい肌が、汗で手に張り付く。気持ちのいいところに触れれば、少し震えて、色づいた声といっしょに、私をどんどん追い詰める。追い詰めていく行為のはずが、確実に私を追い詰めてきていた。

そして、恋の体が一際大きく震えて私に爪を立てる。少しして、脱力した腕が伸びてきて私を抱きしめる。首元に顔を埋めて、力なくしがみついてくる恋に、

私はまた、欲情していた――




◇◇◇◇◇◇◇◇



―――、…。



『おーい、佐紀ー?』



「……、……………まじか、」



ドアの向こうから奏の声が聞こえる。小窓から陽が差し込んでいて部屋が明るい。

朝、だ。


アレは、ゆめ。


ゆめ。


夢。



……………。




「っ、思春期かよぉおおっ!」



うずくまって布団を被る。なるべく声が響かないように枕に顔を埋めて叫んだ。

力いっぱい叫んだせいで、血が昇って頭が痛い。心臓がバクバクして、頭が混乱してしまいそうだった。


あれは夢。あれは夢。あれは夢…夢ゆめゆめ……



――さき、



「!!!?」



頭の中を、恋の声が反響する。いつまでも出ていかない。夢なのに消えない。

片思いって、こんなに辛かっただろうか。それとも、恋を下心でしか見れていないってこと?もしくは、そんなことばかり求めてしまってるのか。そんなの、


『そんな目で見てたの?最低なんだけど』


「―――!!」



想像ですら心臓が刺されたように痛い。そんなエロい目でしか見てないなんて酷すぎる。しかも夢でこんな…何度も…!

奏の声が聞こえるけれど、それよりも恋の声が世界を揺さぶってくる。


もう、どうしたらいいの…、


訳わからなさに泣きそうになって、私は部屋を飛び出す。浴室に逃げ込み、いつかの日のようにシャワーを被った。


雑念を追い出すように、自分の世界を埋めていくことに必死になる。



「あーもう、マジ最低なんだけど。ありえないんだけど。いや恋はかわいいけどそうじゃなくて私が最低すぎるでしょ、だってそういうことじゃん、そういう目で見てるってことじゃん。そういう目で見てないわけじゃないけどそうじゃなくて、うおぁああ、、、」



悶々と自問自答を繰り返して、やっと水が体の熱を冷ましてくれたころ、見かねた奏に腕を引っ張られて浴室から引きずり出されてしまった。



「なにしてんの、」



ガシガシと頭を拭かれて、ボサボサ頭のままの私に呆れた声が降ってくる。あまりにやましくて、目を合わせられなかった。



「ごめんなさい。水道代は払います」


「そういう話してない」


「………」



エロい夢見てたなんて言えない。しかも友達の恋相手なんて。どこからどう考えても、最低すぎる。



「………、大学は?」


「え?あ。行く」


「じゃあ、はい。行くよ」



ぽいっと渡されたのはいつも持って行く鞄で。時間を確認すればもう2時限目も始まっていた。

……待っててくれたんだ、奏。


どっかで何か食べて行こー、と言いながら、足を進める奏を追いかける。そういえば、今日も私が朝当番だった……。



◇◇◇◇◇



「まあ、そうなるよね」


「………、」



寒気があったけれど、水浴びたせいで冷えたんだろうと考えて数日。鼻水も止まらなくなって熱を測ると、38℃の発熱だった。所謂、風邪をひいた。風邪をひくなんて何年ぶりだろう。自覚したら体がしんどくてたまらくなった。

朝から起きれない私の横で、支度を済ませた奏が頭を悩ませる。



「うーん。私も今日は休めないし下手したら帰って来れないんだよね」


「…大丈夫だよ。子供じゃないんだし。ひとりでへいき。」


「……そうは見えないし、そうは思えないんだよさっちゃん。ごはん食べる気もないでしょ」



………だって食欲無いし。黙っていたら、奏のため息が聞こえてきて、考えが筒抜けであることが呆けた頭でも分かった。でも、さすがにこれ以上迷惑かけるわけにいかない。



「だいじょうぶ。たべる。」


「ほんとに?」


「……うん。」


「………。まあ、でも。悪いけど私も行かなきゃだし。でも誰かしら来てもらうからね。誰か来るだろうけどいいよね?」


「……ぅん、」



じゃあ、行ってくるから。ちゃんと寝て何でもいいから水分取ってね。そう言って奏はドアを閉める。少しして玄関の音がして、一気に音が消えた。


ぼー、とする頭で考えてみる。だれが来るんだろ。

共通の友人と言えば…と同期数人が浮かぶ。あぁ、でも移ったら大変だし、誰が来ても早く帰ってもらおう。そんなことを考えていたら、無意識に恋が思い浮かんだ。今後はべつにやましくない。

何してるのかな。大学には友達はいっぱいいるんだろうし、私一人いなくても何も変わらないだろうけど、なんだか、今一人なのかなとか思ってしまう。


ひとり、ならいいのに。きっと、淋しくて私のこと心配してくれる。待っててくれたり、する。

好きな人に必要とされたいからって孤独を願うなんて、自己中心的な考え。



「はは、さいてー。」



その言葉は、誰もいない空間に響いて私の耳にだけ届いた。



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