迷宮自警団のマッドサイエンティス子 ~美味しい処方箋はチートなスキル付き~
わだくちろ
第1部 入団編
1 帝都
善性の狂人ほど厄介なものはない。
(――――――迷宮学界の異端児ロサセレーナの語った言葉)
「ヴァニラ・マリリーズ……――――――新人名簿には、載っていませんね」
「えっ」
事務的に告げられた言葉に、私は喉を詰まらせた。堅牢さと華やかさを兼ね備えた王城――――その門前でのことである。
「部署は迷宮機動隊の寮舎……でしたっけ。一応担当の者に確認を入れましょう」
「お願いします!」
まさか、そんなはずは。どうか嘘でありますように!
祈るような気持ちで頭を下げると、文官ぽい格好をしたお兄さんは冷めた目でこちらを一瞥した。あまり快く思われていないようだ。
通信機を使うためだろう、お兄さんはゲートハウスの奥へ引っ込んだ。
待っている間、私と違って入城を許可された人や荷車が、私の背後を引っ切り無しに行き交う。なんか惨めな気分。
数分のち、文官のお兄さんは変わらぬ冷めた顔で出て来た。
「寮舎を担当するメイド長に問い合わせましたが、やはりあなたの名前は聞いていないとのことです。お引き取りください」
「そんな……! そんなはずはないです! あの、もしかしたら特殊な採用ルートだったので何か行き違いが生じているのかもしれません。私、勇者様に直接雇っていただいたんです」
そこでお兄さんの眼差しがさらに冷たいものになったことには気付いたけれど、私は構わず続けた。
「契約書も、ほら、ここに! これ、間違いなく勇者エルミオ様のサインですよね!?」
「お引き取りください」
「そういうわけにはいきません。私、ここで働くために田舎から出てきたんですから。もう借りる家も決まってるんです。今月の家賃も支払っちゃいました」
「お引き取りください」
「せ、せめてエルミオ様を呼んでいただけませんか? あの方なら事情が分かると思うんです」
はあ、と、深い溜め息。
あ、これはもう駄目そう。
そこで私は悟った。悟ったはいいのだけれど、1ターン遅かったみたい。
文官さんはおもむろに私から契約書を取り上げると、なんとそれを二つに引き裂いた。
「なっ……!」
絶句する私の前で、大切な契約書はびりびりと繰り返し裂かれていき、最後には塵くずとなって石畳の上に落ちた。背後で、くすくす笑う女性達の声が通り過ぎていく。
「なあに? 痴話喧嘩?」
「さっき聞いたわ。勇者部隊の寮舎希望のメイドですって」
「またあ? よくいるのよねえ、エルミオ様にのぼせちゃって押しかけてくる
「アルマン様もお気の毒」
顔に熱が上ってくる。
え、なに、もしかして私、そういうふうに見られてたわけ? エルミオ様に惚れちゃって無理矢理お城で働こうとやって来た、恋に狂った女って?
「お引き取り、ください」
再度はっきりと告げられた言葉に、もはや抵抗する気力も起きなかった。私は肩を落とし、すごすごと来た道を戻って行くのだった。
勇者様に初めて出会ったのは、3か月ほど前のことである。
私のいた町ウィルギニアではその時、幻獣がダンジョン外まで溢れてきてしまう現象――――
頑張って町のために戦ってくれている彼等のために、私は得意の薬膳料理を一生懸命振る舞った。それを勇者様がいたく気に入ってくださったのだ。
「凄い! 味も素晴らしい上に効果も素晴らしいだなんて……君の料理は天下一品だ! ヴァニラ、是非帝都に、城に来てくれないか? 君に迷機隊直属の料理人になってほしい。こんな田舎町の小さな宿屋で一生を終えるだなんて勿体ないよ! 君にはもっと相応しい場所、輝ける場所がある……!」
そう言って彼はあの雇用契約書をしたためてくださったと、こんな次第である。
帝都への憧れはずっとあった。それにのぼせるとまではいかずとも、あんな美男子にあんなキラキラした瞳で称賛され感謝され誘致され、浮かれなかったと言えば嘘になる。
何より、今まで何度せがもうと仄めかそうと、絶対に私が独り立ちすることを良しとしなかったお師匠様が、このたびに限っては首を縦に振ったのだ。
『なるほど。つまり国家公務員ということか。安定、そして秩序の中に自らを置くことになるわけだ。結構、実に結構。君のような常識に欠けた人間に大変お似合いな働き口じゃないか。行ってくるが良い、ヴァニラ・マリリーズ。そして世間の厳しさをその身に刻み込んでくるが良い』
そんな激励と共に送り出してくれたはいいものの、まさかこんな形で『世間の厳しさ』を味わうはめになるとは……。
私はすっかりしょげ返り、帝都の道端をとぼとぼと歩いた。
しかし、さすがにこれほどの超速で田舎に逃げ帰るというのは私のプライドが許さない。快く背中を押してくれた師匠へ顔向けができないというやつだ。
私はなんとか気持ちを切り替え、他の働き口を探すことにした。
一体どうして私の名前が新人職員として通達されていなかったのか、確かなことは分からない。でもきっとどこかで行き違いや連絡ミスが生じているのだろう。
時間が経てば勇者様が異変に――――私という優秀な料理人が王城に来ていないことに、気付いてくれるかもしれない。彼が迎えに来てくれるその時まで、別の仕事をして待つとしよう。
というわけで、私は“ギルド”にやって来た。
ここクロディーユ帝国においてギルドは、様々な仕事や依頼の斡旋所の役割を果たしていると言う。
私のいた町は小さかったのでこのような施設はなく、私がギルドを訪れるのは初めてだ。
帝都中心区にあるこのギルドは、ギルドの中のギルド、ギルド本部である。よもや初めてのギルド体験が、こんな立派な場所からになろうとは……。
行き交う人の多さに目を回したり、どの受付に並んだら良いのか分からずあたふたしたりと思いきり田舎者らしさを晒しつつ、私はなんとか求人案内を扱うカウンターまで辿り着くことができた。
が、しかし。
「……そのようなお仕事というのは、なかなか難しいですねえ」
職種や条件を提示した私に対し、受付のお姉さんは困った笑みを貼り付けるのだった。そんな顔をされても、私だって困ってしまう。
え、この条件ダメなの? 勇者様の提示してくれたお給料の半分の額なのに?
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