叶わない雛

水定ゆう

本編

「あっ……」


 俺はショーケースの奥を見つめた。

 たまたま通り掛かっただけなのだが、無性に視線を奪われてしまう。

 そこに飾ってあるのは立派な八段飾りの雛人形。


「……アイツ、今頃どうしてるんだろうな」


 雛人形を見て、ふと思い出す。

 凄く儚くて、苦い、懐かしい思い出だ。


 俺には幼馴染が居た。幼稚園の頃からの付き合いで、ずっと一緒だった。

 名前はヒナ。とても可愛らしくて、周りからの好感度も高い、凄い人気者。

 そんなヒナのことが俺は好きで、ヒナも俺のことを好きでいてくれていた。

 いつかは、大人になったら結婚するんだろうなと思っていた仲だったのに……その夢は果たされなかった。




「ヒナ。俺さ、お前のことが好きだ」

「私もだよ、ゴコウ君」


 両想いだって気が付いたのは高校生の頃だった。

 あれは三月の三日。丁度雛祭りの日。

 ヒナの名前に掛けて、俺が敢えてこの日を選んで告白した。

 どんな反応をされるのか、正直怖かった。だけどヒナに告白して、俺はよかったんだ。


「ヒナ、俺と付き合ってくれるか?」

「もちろんだよ、ゴコウ君」

「ヒナ……今までもこれからも、ずっと一緒だよな?」

「うん、絶対に離れないよ。だって私達、お互いに繋がってるんだもん」


 ヒナはとても優しかった。

 朗らかな笑みを浮かべると、こんな不愛想な俺のことを認めてくれた。

 優しく受け入れてくれると、俺はそんなヒナを心から愛して、まるで血の繋がった家族のように思うことを決めた。




「懐かしいな……あの日、俺があんなことを思わなかったら、どれだけ楽だっただろう」


 ふと思い出してしまうと、遠い空を眺めた。

 空は曇天色をしている。たくさんの雲が太陽を隠す。

 今にも雪が降って来そうな寒さの中、俺は悔しい思いを起こす。




「なぁ、ヒナ。話ってなんだよ」


 俺達は大学生になっていた。

 お互い実家から程近い大学に通っている。

 総合大学だったから、それぞれ違う学部に足を運ぶ。

 専門的な授業では会うことは無いけれど、他の授業が違った。

 だからこそ、俺達は家でも学校でもずっと一緒だった。


 それなのに今日はいつもと様子がおかしかった。

 何故かヒナに人気のない所に呼び出された。

 不安に思った俺は怯えながらもヒナの下に会いに行った。


「ゴコウ君、こんな所に呼び出してごめんね」

「いや、それはいいけどよ」

「ゴコウ君、確認なんだけど、私達付き合ってるよね?」


 今更何の確認なんだか。

 そんなのもちろん決まっているのに、ヒナも変なことを言うな。


「当り前だろ。俺達は高校生の頃からずっと付き合って……」

「そうだよね。私達はずっと付き合って……」


 俺達はずっと付き合っていた。高校生の頃だ。

 それを今更再確認しだして、俺は瞬きをする。


「ゴコウ君、私と別れて」

「……はっ?」


 一体何を言い出すのか。冗談にもならない。

 全く面白くないから、俺は困惑する。


「あはは、冗談にしては面白くないだろ」

「冗談じゃないよ、ゴコウ君」


 全然面白くない話で、俺は舌唇を噛む。

 冗談だとハッキリ物申すと、ヒナはそんな気がない。

 だから俺は余計に苛立って、言葉を選ぶ余裕が無くなる。

 

「……好きな奴ができたのか?」

「ううん、違うよ。でも別れて欲しいの」


 他に好きな奴ができた訳じゃない。

 それなのに俺と別れたい。

 浮気を疑った俺は、イライラしてしまった。


「はっ、なんだよ、それ。そんなの許せる訳ないだろ!」

「私だって同じ気持ちだよ!」

「だったらなんだよ、俺にどうして欲しいんだよ。なにが言いたいんだよ、ヒナ!」


 俺はヒナに罵声を浴びせた。

 怒号を張り上げると、ヒナだって苦しそうな顔をする。

 胸を押さえて、今にも倒れてしまいそうになる。


「私だって嫌だよ」

「だったらなんで……」

「だって、私とゴコウ君は……!」


 その言葉を聞いた瞬間、全て粉々に破壊された。

 一体何を言い出すのかと、俺は慌てふためく。

 ヒナのことを掴み掛ると、鬼の形相になる。


「冗談言うなよ、ヒナ。そんなことあって……」

「冗談じゃないよ、ゴコウ君」

「いや、冗談だ。もしそうなら俺達は、結婚なんて、絶対……」


 俺は泣き崩れてしまった。全身から力が抜ける。

 一体何は起きているんだ。そんなのことが合っていいのか。

 苦しい顔を浮かべると、ヒナはソッと俺を抱いた。


「ゴコウ君、私もね、辛いんだよ。でもね、嬉しいの」

「ヒナ……」

「だって私達、ずっと繋がってたんだよ? 私達が愛し合わなくても、ずっと……ね」


 ヒナの顔色はクシャクシャになっていた、

 きっと俺と同じ気持ちに違いない。

 心が壊れてしまいそうになる中、バラバラになるガラス片を必死に集めると、ヒナは俺のことを抱き寄せ、一緒に泣いてくれた。


 もう泣くしかない。いや、泣いても変わらない。それでも、俺とヒナは一緒だ。

 どれだけの気持ちに浸っても、こんな哀しいことは無い。

 決して叶うことのない雛人形に、俺は苦しめられた。だけどもう変わらない、あの頃は返って来ないのだから。

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叶わない雛 水定ゆう @mizusadayou

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