第4話 脱出開始

「長期的なサバイバルもいいけど、まずはここを切り抜けなきゃね」

 

 僕が告げると、ヒイロは大きくため息を吐く。

 埋めたところが安全圏になるという〈世界樹の枝〉でも、悪意を持った人間を遠ざけられるわけではないらしい。

 もしも若木が手折られてしまえば僕たちの安全を作るアイテムは存在しなくなる。

 そうなれば長期的なサバイバルの難度も段違いに上昇する。


 安全圏を確保するアイテムである〈世界樹の枝〉は思ったよりも使いどころが難しそうだ。


 ヒイロは面倒臭そうに〈世界樹の枝〉を見やる。


「この学校に植えるのはダメなのか? 少なくとも魔物問題は解決できるだろ」


「枝の効果範囲も分からない。なによりこんな便利なものがあるなら自分のものにしようとするヤツが絶対に出てくる」


「枝を守るための防衛力もいるってことか」


「そういうこと。せっかく降って湧いた優位性だ、無駄にはしたくない」


「俺にはそれそのものが……。いや、なんでもない」


 僕の〈世界樹の枝〉は効率的に使うべきだという言葉にヒイロはなにか言いたそうにするが、すぐに口をつぐむ。

 〈セブンスコンクエスト〉が起こしたこの世界的な大災害だ。そこから得られるものを疑ってしまうのも無理はない。


 だけど、これは有効活用しなければサバイバル素人の僕たちではすぐに手詰まりになってしまうだろう。

 これを有効活用する方法は、あるにはあるけれど……。


「とにかく学校を出てお互い家族を拾おう。避難所に――」


 ちょうど、僕の携帯に着信が入る。

 女子の手には大きなスマホをえっちらおっちらと操作して奇跡的に掴んだ着信に出ると。


「悠里! お母さんたちは家の近くの避難所に――」


 ノイズ混じりの母親の声。

 周囲の喧噪が彼女の声をかきけさんとしている。

 僕は自分の身に起こったことを忘れてそのまま返事をしてしまう。


「母さん! すぐ迎えに行くから!」


「――は抜けてるところあるんだから、必ず陽彩君に助けてもら――」


「母さん!? 母さん!?」


 向こうのマイクがさらなる喧噪、悲鳴を拾い、パンクした通信帯域はノイズしか吐き出さなくなった。

 しばらくの後、通話はぷつりと切れた。


 息が詰まる。先ほどの喧噪、悲鳴と避難所を襲う魔物のニュース。

 それらが繋がってしまって嫌な想像をしてしまう。

 まだそうと決まったわけじゃない。勝手に悪い方に考えてはいけない。不安に呑み込まれてはいけない。


 とん、と大きくて暖かな手が僕の背中をさする。


「大丈夫か? おばさん、なにか言ってたか?」


「僕の声、届かなかったよ……」


「大丈夫だ、おばさんも分かってくれる。……早く脱出して会いに行こう」


「うん……」


 視聴覚準備室の窓ガラスに映る自分の顔は蒼白で、吐きそうになるくらい追い詰められていたのだとわかる。

 そんななか僕の背中をゆっくりとさするヒイロの手が、やけに心を落ち着かせてくれるのだった。



 ヒイロを先頭にして学校の廊下を走る。

 ヒイロはまだ〈セブンスコンクエスト〉に対して不信感を持っていたようだが、生き残るためとなるとこの力を使うことを受け入れてくれた。


 ヒイロの二刀がこちらに気付いたゴブリンたちを切り伏せ、あるいは牽制をする。

 討ち漏らした魔物は僕が杖でトドメをさしていくわけでもなく、スルーをしている。


 積極的に戦っていては体力が保たないというのが僕たちの考えだ。

 階下へと向かおうとした瞬間、この耳がなにか音を捉える。自然と立ち止まり、僕はヒイロを止める。


「ちょっと待ってヒイロ。ゴブリンの声に紛れてなにか聞こえないか?」


「人の声、ガラスが割れる音に……これ、ゴブリンの悲鳴じゃないか?」


「助けに行かない? のんきな提案に聞こえるかもしれないけれど、助けた中に大人がいれば鍵さえあればバスが使える」


 廊下で立ち止まったヒイロはなにか熟考する様子を見せる。

 一分も経たないうちに意見が固まったのか、彼はこちらの言葉に頷いた。


「そうしよう。仲間は多い方がいい、お互いを補えるからな」


「もし戦えなくても僕らにない技術を持つ人間はごまんといる。相手に悪意さえなければ生存確率は上がるはず」


「音の場所までいくから、ついてきてくれ」


 こちらが小さく頷くと、ヒイロは目を丸くしてピタリと動きを止めて……なぜか急にそっぽを向いた。

 どういうことなんだよ、なにを驚いているんだ。


 黙々と目的地に向かうヒイロに不満の声を投げる。


「なんで今そっぽ向いたんだよ」


「知るか」


「おーしーえーろーよー。僕がなにかしたのかよー」


「……それ男にやるなよ?」


「は? ふーん」


 つまりヒイロは僕の仕草にクラッときたってこと?

 こんな忙しいときにまあというのもあるが、そもそも僕は男だよ?

 なんかアイデンティティ崩れるようなこと言うなあ……。


 ひとり愚痴を言いながらヒイロを追いかけていると、急に彼から抱き寄せられる。


「わっ!」

「なにぼーっとしてんだ。当たってたら大けがしてたぞ!」


 周囲を見れば男子トイレの陰からゴブリンが飛び出してきていて、僕に向かってナイフを刺そうとしていたのか。

 ヒイロによって抱き寄せられてしまい、上手く身動きが取れない。

 ヒイロに抱き寄せられて安心してしまう自分が……なんか嫌だ!

 じたばたともがくと、ヒイロはこちらが息が出来ないのかと勘違いしたのか慌てて放した。


「……ありがと」


「顔が真っ赤だけどそんなに苦しかったか? すまん」


「いや……そういうのじゃなくて……。ちょっとビックリしただけだよ」


 じっとこちらの目を見つめてくるヒイロに、僕は慌てて目をそらしてしまう。

 自分が知らない安心感を与えてくるヒイロが、今は理解できないものに見える。

 頭の上に疑問符を浮かべるヒイロ。こちらに何かを問おうとしたとき、向かっている場所から男の叫び声。


「そこの人たちー! ラブコメやってないで、た、助けてー!」


「ゴブリンの鳴き声も聞こえる。間違いなくこいつらだ、助けるぞ、ユーリ」


「分かってる!」


 階下へと降りて向かった先は化学実験室。

 教室の窓ガラスは全て割れていて、窓にぐったりと突っ伏すゴブリンの死体があった。

 ゴブリンたちはその死体を乗り越えて部屋に侵入しようとしたり、鍵をかけた扉を棍棒でたたき割ろうとしていた。

 教室前方後方の両方の扉ももうぶち破られる寸前で、10体のゴブリンが押しかけてくる寸前だ。

 

 実験室の中にいる人がどれだけなのかは分からないが、助けを求めているということは数はともかく武装はできていない。

 あるいは〈7CQ〉に与えられた力があっても戦うだけの勇気がないか。


 廊下に密集するゴブリンに会敵。

 僕はまずヒイロを下がらせて、レベル2付与術師の数少ない呪文を唱える。


「ヒイロ、少し下がって! 〈ナイトメアボルテクス〉!」


 黒色をした渦がゴブリン集団の中心に巻き起こり、敵は一瞬のうちに武器をこぼしてうつむき、だらりと力を抜いたまま立ち尽くす。


「ギ、ギイ……!?」


「どう戦えばいい、ユーリ!」


「二秒間だけあいつらは〈悪夢〉を見る! その間に数を減らして!」


「――二秒間スね。ならボクがやりますよ」


 化学実験室から男の声。

 次の瞬間にはパスパスパス、と空気が抜けたような音が連発。

 ゴブリンの頭部に次々と穴が開いていく。


 ヒイロが出る間もなくゴブリンたちは鎮圧されてしまった。


「的が止まっていればこのくらいならネイルガンでも余裕ッスね」


 自信満々に壁の向こうから自分の手柄を自慢する男の声。

 そんな壁の向こうの男に、声がかかる。


創里つくりくん、図書館で科学雑誌とか読んでたらそういうのが作れるようになるの?」


「機密事項ッスね。刑部おさかべ先生、ヤツの巡回が来る前に逃げますよ!」


「そうねえ。あの大きな鬼は勝てそうにないもの」


「そこのケトルヘルメットの方! ボクたち役に立つので合流しませんか!?」


 窓が割れている部分にヒイロが居るので呼ばれたのだろう。

 彼はこちらに判断を送ったので、頷いておく。

 ヒイロはこちらの意志を確認すると、化学実験室の『創里くん』と『刑部先生』に声をかけた。


「もちろんだ、こういった時は助け合わなくちゃな! そっちは二人だけか? 俺たちは適当にバスか車を借りて避難所に行くつもりだが、『刑部先生』は運転できるか?」


 彼らはヒイロの声を受けて化学実験室から出てきた。

 小太りの男子高校生が創里つくり君、助かった時の笑顔が穏やかで特徴的だったのが刑部先生か。


「わわ、ファンタジーあるあるの美形二人……!」


「私は普通免許なら持ってますよー。バスを運転するのは……難しいかなー?」


 創里君は僕たちを見て驚き満面といった模様で、刑部先生はマイペースに自分ではバスの運転は難しいことを告げた。


 ゴブリンたちに穴を開けていたのは創里君だそうで、どうやら工具を改造して釘を打ち出すネイルガンを即興で作ったのだとか。

 それって科学雑誌よりもミリタリー系の知識に深くないと出来ないものじゃないだろうか……。


 黒いローブの魔法使い然としたのが刑部先生か。

 どうやら彼女は〈人間族〉を選んだ〈セブンスコンクエスト〉のユーザーのようだ。


 この状況でファンタジーな服装をしているのはそういうこと……だと思う。

 まだ情報量が足りないから断定するのもよくないけれど。


 僕は二人にお辞儀をし、右手を差し出す。

 二人はそれぞれ動揺しながら、あるいはほっと安堵の一息を吐きながら、僕の手を取った。


 自己紹介でもして気分を和らげられればいいが、ここは動ければ動いた方が良い。


「車の鍵があるならこのまま近くの避難所まで向かいましょう。ここからだと結構遠いけれど……車でいけるところまで」


 こちらの提案は、予想に反して呑まれることはなかった。

 いきなり創里君たちの顔が真っ青になり、一定の方角を指さし始めたからだ。


 ズン、ズン。と象が歩くような音。それもかなり早足だ。

 指先の方角には――体躯が天井にまで届きかねない赤鬼――オニがいた。


 オニはこちらに早足で向かいながら喜色満面の声を漏らす。


「子鬼どもの様子を見に来てみたら、残り物がいるじゃねえか! やっぱ残り物には福があるってことだな!」


「や、ヤバいっすよヒイロさん! 巡回はまだ先だったはずなのに!」


「これはー……まずいわねー……」


 絶望とばかりに顔面蒼白の二人。

 オニは大きな金棒を持ち、その筋骨隆々の巨躯でこちらを威嚇する。

 一歩、足が後ろに下がった。

 今のレベルじゃ勝てない、そう思わせる迫力。


 怯えに染まった一行の中で、ひとりだけプレッシャーなどどこ吹く風の男がいた。


「ユーリ、どうすればアイツを倒せる? 指示をくれ」


 無茶だ、と言おうとした口はきゅっと結ばれた。

 下がった足を一歩前へ。


「分かった。やってみせる。君を――勝利に導いてみせる」

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